フォトアルバム
■旬の我家花

Img_12571

ツワブキ(11月28日 撮影)

Img_12561

アリッサム(11月28日 撮影)

■TOEIC単語帳 Score550
■ ・・を回せ!もっと!

最近のトラックバック

誰呀?Who?主持人啊!?

F1010002

■表示文字操作

Photo

アクセスランキング

« 2012年10月 | メイン | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月27日 (火)

酒の勢い

チョット遅くなったが、2ヶ月余前に亡くなった叔母(享年90歳)の仏壇にお参りに

行ってきた。中国成都に着いて3日目に亡くなったとの報を聞くもどうすることも

出来ない。中国に短期留学しているときに親族が亡くなったのはこれで2件目で

ある。帰国して少し日が経ったが、落ち着いてきたので行ってきた。大阪である。

何年ぶりか知らぬが、新しくなった大阪駅に降り立った。大阪駅の地下の迷路も

綺麗に整備されている。改札口を出ると直ぐ前は伊勢丹である。この伊勢丹、

京都駅改札出たところにもあり、中国成都でも訪れた百貨店。あちこちで展開して

いる。ここで供養の品、手土産を買い、地下鉄で従妹のマンションに向かう。PLの

花火を見に来ないかと誘われた7~8年前以来の訪問である。駅に着いたと連絡

すると直ぐに車で迎えに来てくれた。先ず仏壇にお参り。従妹夫婦、小生、共に1つ

づつの歳の差のある団塊世代。小生の1つ年上はここの旦那、少し変人の旦那で

ある。この夫婦、よく喧嘩、意見の衝突をしたものである。この旦那は九州人、従妹

は1人娘。この1人娘を承知の上、結婚したにも関わらず、従妹の両親には一切

関知しない。だから、両親が亡くなった葬儀に於いても一切関知せず、喪主から

挨拶、段取り、手配は従妹が執り行った。だから従妹に会うたびに旦那の愚痴が

飛び出す。小生と同じく亭主関白であるのだ。従妹は友達も多く社交家で遊び、

飛び回っている。旦那はこれとは正反対。自室に閉じ籠るタイプである。しかし、

小生が訪れると彼はとても元気になり、小生も元気になる。共通点は飲酒bottle

昼から飲み始め夜中まで飲んでいた。従妹も交えて3人で談義。この酒は潤滑油、

口が滑らかになる。適当に酔いが回ってくると小生は従妹の味方になる。そして

この旦那を責める。時には興奮して双方、声を荒らげる。客である小生も遠慮は

していない。話題は移り、過去の仕事の話や趣味の話にも及ぶ。ゴルフgolfでは

小生の腕前はゴルフではないと挑発する。仕事(過去)の話ではどうしても自慢話

となる。唯我独尊である。男と言うものは大体こういうタイプが多い。小生は、小生

より優秀な人物を何人も観ているからここまでは至らない。この話題でも口角泡を

飛ばす。それに対し、小生は批判を浴びせる。この歳になり何を言っても無駄な

ことは解かっているが。この10時間余の酒宴で2升余の酒を消費した。従妹が

言うに倒れたことを覚えているかsign02と小生に聞く。覚えている。一時、娘夫婦も

来ていたようだ。さてこの夫婦、日々の会話は少ない。最小限の会話であるよう

だ。若い時には熱く燃え、男女2人の子供を育て、嫁がせ、一通りの役目、目的

を終えると、急速に冷めて他人化していくようである。多くの夫婦に於いても。

従妹は調度品や多くのベランダ植物管理、趣味と自由に人生を楽しんでいる。

それに対しては、旦那は興味も薄く、干渉せず放任しているようである。そして、

この家庭にはダックスフンドdogが居る。客である小生にも付いて回る。犬が癒し

を演出しているようである。当日帰宅するつもりが翌朝になった。一夜明けると

旦那と小生は、昨夜は何事もなかったようにもてなし側と客に変身するのである。

酒の仕業である。帰りの車中、携帯電話が入った。夕食を宅配してもらっているが、

昨日の宅配食がそのままの状態であり、小生に何かあったのではないかと言う

電話である。至って元気であるconfident

2012年11月20日 (火)

デジタル一眼

永く景気が悪い。世界的に景気循環が良くない。てなわけで消費をチクリと刺激して

やろうとデジタル一眼レフカメラを買った。早いもので振り込んで丸一日で商品が

手元に届いた。この一眼レフカメラ、半年以上前から買う買わないを含め、あれこれ

検討していた。最初の候補は小型ミラーレス一眼、いろんな人の意見も参考にした。

勤務先の年配愛好家とも。しかし、買うならN社の製品と決めていた。N社のミラー

レスの第一号が出たが、決断は遅らせた。第一号であるから未だ未完であろうと。

もう少し待とうと。そうしていると次から次へと新製品が出てくる。画素数は余り

重要視しないが、画素数も上がってくる。処で旅行にしてもこのような商品の購入

にしても買う前の、カタログを取り寄せ、あれこれ吟味する期間は楽しいものである。

このように小生、相変わらずのXXの横好き、興味心旺盛、何にでも食指が動く。

このカメラを買う前にはいろいろ迷いもあった。苦い経験があるから。ズ~ッと昔、

Dsc01614_2フィルム式一眼レフカメラを買った。今現在も

所有しているが、しかし、殆ど使った記憶が

ないのである。使うのはもっぱら焦点合わせ

不要の自動化の進んだ手軽な二眼式カメラ

ばかり。今回、この二の舞は避けたいもので

ある。今はデジタル画像、撮った画像は直ぐ

↑ フィルム一眼(旧) と デジタル一眼(新)  旧式は2倍重い

に観られ、印刷も保存も自らできる。その撮った画像の公表機会も多いから、用途

も多く、死蔵化することはないであろう。所有するという満足感も得られ、ミラー一眼

カメラ独特のシャッターの切れる音、多彩な撮影条件設定も可能である。今の一眼

レフカメラ、電子化も進んで手振れ補正のオートフォーカス、撮影の面白味は少ない

かも知れぬが、失敗はない。中国四川にいた時もデジタル一眼を持っている中国人

は多かった。ほとんど日本製である。ある小さな戸外広場では一個人が全紙サイズ

の風景、人物の写真展示をやっていたが、アングルもとても上手く、色彩も超綺麗

で、見入っていた。杜甫草堂でも種々カメラ片手に写しているが、中には丹念に

アングルを考え、構図を考え写しているマニアもいた。小生もそれを真似て二眼

デジカメでアングルを考え写した。ブログ記事の多くには写真が載っているが、

中には周りをぼかし、主体となる被写体をくっきりと写した上手な写真もある。

これを観たとき、本格的なカメラを欲しいと感じた。ブログ記事は掲載画像で訴求力

が増す。ところで小生、これ以上、趣味は増やしたくないので深入りしない程度に

カメラ撮影を楽しみたいと考えている。主な被写体は自然風景や動植物である。

この8月、八ヶ岳の一つ赤岳に登ったが、この時も1人のカメラマニアと暫しのカメラ

談義。その方は、今回の小生の買ったカメラの3倍余もするN社の高級カメラを

持っていた。ファインダーを覗かせてもらったが、ずしりと重かった。頂上から四方

八方のパノラマ撮影をし、その画像をHDMIケーブルで繋ぎ、家庭の大画面テレビ

で楽しむそうである。装着するメモリーも大容量は避け、もしものメモリー画像喪失

を考え、中容量のメモリーを装着、被害を最小化していると言う。写真撮影、只の

写すだけから、どの角度、位置から、絶景は、構図を考えファインダーを覗き、

シャッターを押し、少しの芸術性を付加した写真を撮りたいものである。少しの

芸術性である、この辺で止めておかないと深みにはまって行く恐れがあるからconfident

2012年11月14日 (水)

四川遊学あれこれ

14日女優の森光子が亡くなったとの報道。小生の母親と同年であり、森光子X X

歳の報が出るたびに、もし今生きていれば同じX X歳かと思ったもの。亡くなった

日は11月10日。母親の生まれた日でもある。 さて、7日に帰国後、小生の帰国日

に合わせて設定してくれた11日日曜日は、毎月1回開催している元会社同僚数人

とのテニスの日であったが、あいにくの雨で中止。他方、今日14日は、帰国後初

のテニスクラブの練習に参加。久しぶりのテニス、陽がさしていい天気と思ったら、

突如の降雨、天気の変化が目まぐるしく寒い。細やかな土産物を携えて参加した。

中国の土産物、なかなな美味しい土産物は少なく、悩むもの。これは日本では質

の高い美味しい食品を日々食しているから不味く感じるもの。テニスメンバー等の

土産物は成都空港或いは経由地の北京国際空港で当初から買う予定であった。

成都空港にはこれと言ったものは無く、北京空港で買おうと。成都から北京へ向か

う飛行機の出発が1時間遅れ、そのしわ寄せで北京空港での余裕時間が減少。

出国検査を受け、急いで広大な空港内を移動する。搭乗口に向かう僅かな時間

を利用して、途中、土産物を買おうと免税店(奕长丰商业有限公司)に立ち寄る。

Dsc01609 Dsc01610
女店員の日本語の説明で、4袋入って66元、5袋もあるというが、4袋入ったもの

を3箱買った。その土産物品を持って今日の練習に参加したのであるが、開封した

ところたった2袋しか入っていない。外装寸法の割には中身が乏しい。これを見て

小生は内心困った。こんな筈ではと。なぜこのような事になったのかとsign02購入後に

気付いたのであるが外装箱には日本語で「むき甘栗」と印刷されている。

袋の入数の表示は無い。裏面には2012年9月22日生产と印字されており、一瞬、

日付から尖閣問題の影響かsign02と勘ぐった。残りの内の1箱を開けてみたが同様に

2袋入っている。その小袋には「自然の甘さはヘルシーです」と日本語で書かれて

いる。日本人目当てに販売されているようである。日本人=金持ちであり、格好の

ターゲットであるようだ。外函上面には正味200gと中国語で印刷。1袋量ってみた

ところ107gで内容物と印刷内容は合っており何ら問題はない。結局、4袋入って

いるとの説明に騙されたのである。彼女たちは知っていたのだろうかsign024袋入って

いればメンバーに足りる、価格相応と判断して買ったが。66元≒860円=200gで

ある。上質牛肉並みである。北京国際空港、買った場所も良くなかった。この区域

の物価は高く、日本と同じかそれ以上である。成都伊勢丹の日本食レストラン、

とんかつ定食が68元、アサヒビールが22元である。この店は繁盛していた。

その他にも日本食レストランが2店あったが、料金は大体100元以上、客の出入り

は殆どない。因みに成都での庶民の1回の食事料金の平均は8~10元である。

約50日の成都滞在期間中、嫌がらせなど、何ら大きな問題は感じなかった。

ただ、夜に到着して宿舎の部屋に入り、寝具等が一切なかったことには閉口した

が、以降これと言った差別などには会わなかった。日本人と言っても上手く理髪も

してくれた。入国日と出国日、この2日はどうも合点が行かないことが起きたようで

ある。

2012年11月 9日 (金)

四川遊学

中国には23の省、5つの自治区、4つの直轄市、2つの特別行政区がある。

四川省は省では最も広い面積(日本の1.3倍)を占め、人口は8750万人である。

さて、今回は、約50日余の成都滞在期間であった。この間、日中間が尖閣問題で

大きく揺れたが、滞在中に特段、身に危険を覚えたことはない。日本人だと公に

しても何ら問題はなかった。長く中国に滞在すると体調も変化。先ず、日本での

永年の毎晩の楽しみの晩酌が途絶えた。これは肝臓に良い結果をもたらしたsign02

逆に悪い結果をもたらしたsign02 中国人は余りビールを飲まない。缶ビール価格は

2.3~8元前後、600CC瓶ビールも3.5~8元前後で味は薄く余り美味くはない

が、泡が出るからビールであるのである。部屋の照明が暗いから、そのお陰で少し

眼を悪くしたようだ。裸眼で通常の文字が問題なく読めたが、どうも読めなくなった。

テストの問題文も裸眼で読みずらかった。この暗い部屋の照明も慣れたが、日本に

帰れば何と明るいsign01となることだろう。だから、眼を使って文字を読むことは少なく

なり、主にテレビとパソコンである。パソコンは通信が遅く、渋滞でイライラする。

だから夜更かしも無くなった。車も自転車も使えないから、脚を使って歩かねば

ならない。その分、ウォーキングを通り越し、毎日ハイキングである。よく歩いた

結果、脚力は強くなった。良く歩くから夜もよく眠れる。周りの音も、人声も殆ど

理解できず、雑音、だから何時も自分に没頭できる。沈思黙考sign02である。表れる

文字を見ると理解しようとクイズを解くように脳が活性化する。新語や略語表示で

あるから判読がなかなか難しい。解読でボケ防止に役立つ。中国人は何でも食べ

る。そして大声で話す。だから元気で活気盛んである。小生は美食家である。

ゲテモノは好まない。中国では目の前に出てくるものは余り深く考えてはダメで

ある。深く考えずに、元気になる食べ物だsign01と思って食べる。街中を闊歩すると

小生は中国人である。だから、今まで7~8人に尋ねられた。返事はいつも

「私は外国人です」。日本では車を運転するから、事故を起こさないように何時も

注意が必要であるが、こちらでは常に交通弱者。車優先社会故に車に、バイクに

ぶつけられないよう保身に注意が必要である。その注意力が向上し、大通りを車

を避けて横断するのも上手くなった。郷に従っていた。中国は面白い社会である。

たまに来るから面白い。粗雑でいい加減な社会が面白いのだろうsign02 日本社会の

四角四面に住むと中国は息抜きの場所と映る。住むにはやはり慣れた日本がいい。

中国ではゴミを路上に良く捨てる。落ち葉も落ちてゴミとなる。それを清掃人が掃除

する。各人に清掃区域があり、清掃する。彼らは市から、省から清掃料金を貰って

いるらしい。供給と需要で成り立っている。社会体制を変える、変革者は若者で

ある。若者から変化が起きる、始まるのであろうが、変革が起きない。今の社会は

そろそろ限界である。既得権益を持つ者と持たない者で大きな社会格差が出来て

いる。既得権益を持つ者は変化を拒む。持たない者は現状打破を望むから衝突が

発生し、社会が不安定化する。世は金次第である。パンダの繁育基地に行ったおり、

近くに武装警察の集団宿舎らしき建物3棟があった。社会不安が起こればここから

も出動するのであろう。何故この様な処にあるのだろう。安定していれば、彼らは

無用であり、1日中が隙である。選挙で公明盛大、公平に人選をすればと思うが、

金で票を買ってしまう、権力乱用等の不正で成立しないという。帰りの機中で

2つ年下の日本人と会話をした。昨年、日本語を1年教えた教師である。1年と

言っても3~6月、9~12月の約8ヶ月余で江西省で勤務。月給5千元、+往復の

飛行機代。今回は、中国が懐かしくなって3週間余遊びに来たという。あなたは

1ヶ月余したら帰りたくなりませんかと問われ、小生、なりますねsign01と返事。

しかし、また行きたくなるでしょうと言う。小生、そうですねぇ である。中国語が

飛び交う喧騒と粗雑な社会、日本にはない社会が魅力となって足が向かうようだ。

2012年11月 7日 (水)

四川留学28

帰国前日の6日、午前授業1科目を受講。授業終了後、教師に先日の「書く」教科

の点数を確認。手持ち資料が無く、後からテスト結果をメールで連絡するとなった。

来たメール結果は62点。閲読科目も老師からメールで結果連絡して貰う事になって

いたが待てど連絡がない。こちらからメールで督促。66点と3日前に連絡をもらう。

还不错(悪くはない)と。「あなたのお陰です」と返信すると、还可以(まあまあ)です、

「もっと努力・継続を」と返事が来た。総合科目は20.5/30の68点。少し甘い採点

であったろうが、3科目共に60点を確保できた。午後からは、伊勢丹、イトーヨー

カドーに土産物を買いに向かう。なかなか中国にしかないという土産品がない。

菓子などの食べ物は日本に勝るものがなかなか無い。そして昼食はこの前行った

Dsc01601 Dsc01602
日本食レストランで舌鼓。伊勢丹横の広場には、現在もやはり公安の車が止まり、

警備をしていた。暇であるから隊列を組んで巡回もしていた。

Dsc01604 Dsc01606

翌7日、帰国日である。9時前に宿舎を出て空港に向かう。国際線乗り場に向かう。

早速、出発掲示板で確認するも、小生の乗る飛行機が無いではないか。どうして

無いのだと確認。そうすると第二ターミナルに行けと言う。カートに荷物を乗せ、

約500m離れた新しいターミナルに向かう。掲示板で確認。中継地の北京までで

ある。eチケットで搭乗手続き、そして中継地の北京で「荷物を自分で載せ替える

必要があるのかsign02」と確認、「不要」しなくていい。そして荷物、ボディチェックを

受け、搭乗口に向かう。出発時刻は12時である。搭乗開始は11時半から。何故

かその時刻になっても全く動きが、説明がない(聞いても分からないが)。北京発の

関空行き便の出発時刻は16時05分である。13時前になっても沢山の乗客が

乗ってきた。どうやら乗り継ぎ客のようである。この機の遅れの為に小生の乗る

機まで出発が遅れたようである。出発は1時間遅れの13時になった。北京まで

2時間余かかり、時間がなく乗り継ぎに不安である。北京空港近くになって小生に

乗務員が確認しに来た。あなたは大阪行ですねsign02 時間がないから出口近くの席

に移動してくださいという。移動する。そのとき小生、もう一度確認する。荷物は

自分でもって行くのかとsign02 あいまいであったがその必要があると判断。降機し、

バスで移動、乗り換え口に行かず、荷物受け取り場に向かう。しかし、すぐには

荷物は来ない。再度、サービスカウンターで確認する。結果は不要。無駄な時間

となった。急いで4階の出国カウンターに向かう。しつこい安全検査を通過し、

出発時刻まであと15分。移動途中で土産を買い、搭乗口に向かう。これがまた

移動距離の長いこと、小走りに向かうと、電動カートが来て、乗らないかsign02と言う。

Dsc01608無視してしまった。後から乗ったらよかったと

後悔。やっとE51搭乗口へ。最終のバスが

待っていた。こうして何とか間に合った。少し

焦ったが間に合って安堵した。関西空港に

定刻に到着。そして手荷物カウンターに向か

う。荷物を待っていると「XXさんですかsign02

と職員に尋ねられる。 そうですがsign02

「実はあなたの荷物はまだ北京にあります」と。どうやら荷物の載せ替えが間に

合わなかったようである。明日の同便で搬送し、配達は翌日の夕刻になります

と言う。スーツケースの種類、色、主要内容物、ダイアル暗証番号を聞かれ、

そして鍵を渡す。身軽になったが、身の回りの品、土産物等の到着は2日遅れ

である。

2012年11月 5日 (月)

四川留学27

青城山に行ってきた。新南門客運に8時前に到着し、8時の時間帯のバスに乗る

予定であった。が、バスの発着は日に1回sign029時30分しかない。1時間半近く待つ

羽目に。今朝は小雨であり、寒い、最悪のコンデション。9時30分過ぎに出発。

一般道を1時間余、高速道を20分余走って11時半前に青城山前山駐車場に着。

寒い。客も途中下車で少なくなった。観光バスが3~4台が停まっている。平日で

あり観光客は少ないようだ。ここは道教ゆかりの地で道教発祥の一つとある。

Dsc01566 Dsc01568_2

1800年余の歴史があり、中国の第5名山とある。中国の44ある国家級の名勝

地区の一つで、自然風景区、世界遺産に登録されている。隣接して近くには世界

Dsc01570 Dsc01571_2
遺産である都江堰、この青城山は都江堰景区内にあり、成都から65kmに位置

し、前山と後山がある。周囲約120kmと広大で、標高差1600m余の山である。

Dsc01572 Dsc01580_2

山中には数十の道教の宮観があり、今も道士が修行をしている。深山であり、

高い木々に囲まれた幽玄な自然環境である。夏に訪れると涼しい避暑地となるが、

Dsc01582 Dsc01590
この時期は寒かった。入場料は90元。学生証を提示して50元、謝謝。来た時間も

遅く、帰りを考え急いで境内を参観する。途中の月沈湖から上清宮まではロープ

ウェイを往復利用する(60元)。この階段山道、籠担きも営業している。人出が

少ないと思っていたが、結構団体の観光客も登ってきた。2008年5月に起きた

Dsc01591 Dsc01596

四川地震の震源地にも近かったが大きな被害はなく、途中の参道には大きな岩が

移動して参道を塞いでいた。ロープウェイを降り、長い階段を登り、山頂の老君閣

までたどり着く。山頂の周囲の景色は霧が立ちこめ視界が悪い。宮観に着くと全て

Dsc01599で土産物、食べ物の店が出ている。腹が

減って、とうもろこし粉の蒸し饅頭を食す

る。帰りの交通の便を心配し、少し急いだ

が3時間余の観光を終わり、15時に

青城山を出発。帰りの成都行き直行バス

はなく、客運駅行きの路線バスに乗り込む。

15時50分、着いたところは都江堰の客運

駅、ここには帰りのバスはない。ガイドに聞くと4、9番のバスは鉄道の和諧号の駅

に行くと言う。7番のバスは長距離の客運行きになるとの情報を得、7番バスに乗り

込む。ガタガタバスに乗り16時10分に都江堰の客運駅に到着。ここで成都北駅

のバスの切符を買うも、出発は17時30分と言う。ここでもまた、1時間20分の

時間待ち。辺りには時間を潰すような処もなく寒い駅で時間待ち。帰りは高速道は

走らず、一般道走行、駅もない途中で客を降ろし、拾って、こうして20時20分頃に

成都北駅に到着。駅から市内バスに乗り換え、宿舎に戻ったのは21時前である。

しかし、今日乗ったバス全てが寒い。内燃機関を持っていながら暖房機能が付い

ていないようである。帰りのバスは疲れた。警笛とブレーキを多用する運転には

ホトホト参った。

2012年11月 3日 (土)

四川遊学26

楽山大仏に行ってきた。昨夜までは初日は楽山大仏、次の翌日は峨眉山に行く

計画をしていた。楽山観光後、峨眉山に移動し、宿泊。翌早朝、峨眉山をバスと

ロープウェイを乗り継ぐ簡便登山で頂上を目指そうと考えていた。標高は3099m、

可成りの低い気温である。服装もあるだけの重ね着をして何とか行けるだろうと

考えていた。約2時間、ネットで中国の関連投稿情報を収集し、参考にした。

そしてリュックに衣類も詰め込んで支度は完了。しかし、ベッドについてやはり止め

ることにした。単独の行動で全て自分で行動しなければならない。年齢を考え、

無理をしないことにしようと。と言うことで今日は楽山大仏のみ行ってきた。5時

40分に起床。6時20分に宿舎を出る。未だ真っ暗である。新南門バスターミナル

に6時45分着。7時発のバスに乗る予定である。指定席に座り7時10分に出発。

少し明るくなってきた。全て指定席で定員以上の客は乗せないから乗客全員が

着席している。高速道を1時間余走り、高速道を降りたある位置で荷物の飼料3袋

Dsc01524_2 Dsc01526_2

       入り口                       壁面大仏

を下ろし、待機していた男へ渡す。荷物の搬送もしている。高速道ではトラックに

トラックが追突して渋滞。追突した側のトラックの運転席はつぶれており、生死の

Dsc01529Dsc01530_2

境だろう。居眠り運転と思われる。9時前に楽山のバスターミナルに到着。

今日は曇って天気が悪い。着いて早速帰りの切符を買うことにした。17時発を

Dsc01533Dsc01535_2

購入し一安心。そして次は予めネットで調べておいた13番の路線バスに乗る。

9時10分発、次駅で多くの客が乗り込んできて満員になった。20分余で楽山

大仏バス停に到着。入場料は90元。学生証を見せて50元になった。謝謝confident

Dsc01537Dsc01539

        大仏頭部が                長い折り返し行列

入場して大仏に向かう道の途上に山肌に仏が彫ってある。楽山大仏の隣にある

凌雲寺を訪れる。多くの大きな大仏が安置され、多くのお坊さんによる読経が行

Dsc01542Dsc01547_2

われていた。この寺は唐代に建立、現存の建物は明清代に再建されたとある。

Dsc01551_2 Dsc01552_2

土曜日で多くの観光客である。大仏頭部と同じ高さにある凌雲寺から、

大仏の足下まで約70mある。この大仏の背丈の高低差の階段を降りなければ

Dsc01553Dsc01554_2

ならないが、階段が狭く、多くの人出で長~い順番待ちの長蛇の列が出来ている。

並び初めて大仏の足下までたどり着くのに約50分を費やした。どうやらこの山肌

Dsc01555_2 Dsc01545_2

の紅い岩石質を観ると砂岩のようでそんなに固い石ではなさそうである。大河の

岷江の水害を鎮まるように願って建てられたそうである。1000年以上経って

Dsc01557Dsc01558_2

おり、高さ71m、幅29m、世界遺産に登録されている。約3時間楽しみ、楽山の

出口を12時20分に出て、帰りのバスに乗ることにするも、帰りの17時出発まで

Dsc01559には時間があり過ぎる。バスを途中下車

し、軽食を採り、街をぶらりと散策、観察

しながらバスの発着場に歩いて向かう。

大仏以外これといった観光はなさそうで

ある。14時半頃に発着場に到着。

帰りの切符の発着時間の変更をお願い

してみた。14時40分発のバスに指定席

          狭く、急な階段を下る         1席の余裕があり、これに変更できた。

こうして16時半頃、成都の新南門発着場に無事帰着。車窓からの景色、西部

大開発を推進しており、郊外の高速道、送電工事も盛ん、工場建設、マンションも

観られる。楽山に行った後の印象であるが、防寒用衣服があれば、峨眉山の登頂

も可能であったと思った次第。帰宅後テレビを観ると北京が初雪で大混乱している

ようだ。市内で10~15cmの積雪。峨眉山も降雪sign02行かなくてよかったと。こちらも

今晩は寒い。明日4日日曜日は休養して、5日にはもう一つの世界遺産である青城

山に行こう。

2012年11月 2日 (金)

四川遊学25

黄龍渓に行ってきた。古鎮の街である。河川を利用した水運で栄えた街である。

8時30分発のバスに乗る予定で7時過ぎに起床し、長距離バスの発着場に向かう。

歩いて30分近くで到着。切符売り場で8時30分発の切符を注文するも売り切れ、

9時30分発の切符になった。急遽、これはいかんと待合室の隣の若い男性に聞く。

明日の切符を今日買えるかsign02と。買えると思うとの返事。明日土曜日の楽山大仏の

バスの始発切符である。2時間余かかる距離にある。出発まで時間があり再度窓口

に並ぶことにする。間違えて伝わってはいかんと紙に書いて注文する。こうして無事

Dsc01501_2Dsc01505

に明日の楽山大仏行きの切符が48元で買えた。乗車時間は明日の16時までの

出発であればどのバスでも乗車できる。さて、バスの回転が遅れて、改札が遅れ、

Dsc01506Dsc01508_2

出発したのは9時45分、1時間余で現地に着いた。天気も良く平日であるが多くの

観光客が来ている。この前の都江堰に行ったときの古鎮と同じ街である。建築様式

Dsc01510Dsc01511_2

    細長~い面を放り投げています。                     一根面

が古い町並みを近年観光名所としているようだ。ここも同じように両側は土産物店、

飲食店を主とした店が並んでいるが、これと言ったオリジナルな商品、この地特有

Dsc01519Dsc01520

の土産物が殆どない。買いたい物がない。観光を終わり、帰りのバスの切符を買う

ため到着した発着場の窓口へ。行きは14元、帰りも14元と思いきや10元という。

どうなっているのだろう。14時15分発で成都の発着場に帰着したのは15時30分

である。バスを降り、宿舎に帰る途上でいろいろ楽しんでいる風景を見かけた。

中国将棋である。岡目八目で多くの人が見入っている。それにトランプ、麻雀。

Dsc01521Dsc01522

それに音楽を流して多くの人がダンスを楽しんでいる。中国人はダンスが好きで

ある。早朝には太極拳をしている人も多かった。

2012年11月 1日 (木)

四川遊学24

最近は天気が良い。朝方は少し霧が出るが、昼には晴れていい天気、日本の初秋

である。 今週金曜日までは授業に出ます。来週水曜日に帰りますと言ってある。

丁度、帰国の前の週が中間テスト期間となってしまった。受験した科目は火曜日の

総合、水曜日の閲読、木曜日の書くの3科目。暫くして結果が分かる。中国概況と

金曜日にある聞く・話す試験は棄権した。 苦手だから。外国人は話すと聞くが得手

である。小生は外国人が嫌いな総合と閲読が得意である。 日本人は毎日漢字を

使っているから何となく理解できる。小生、中間テストを受ける必要はないが、

Dsc01466 Dsc01465_2

いい機会だから受けることにしたもの。何れも半分以上は出来ているだろう。

約6週間中国語の勉強をしたが、実力が向上したという実感はない。聞く、話すが

ダメである。若者は交流も活発で、それなりに中国語による異国人同士のコミユ

ニケーション機会があるが、小生のような年輩者はその機会も少ない。日本人同士

の会話となってしまう。6週間の留学である。若者は短くても 1年は学ぶ。しかし、

この6週間兎に角、思考を巡らせた。 授業では何とか聞き取ろうと、辞書を片手

に何とか文章を書こうと。これは頭脳には良い刺激となった。中級1クラスは小生

には少しレベルが高い、しかし、少し難しい位が結果的には良かった。 只、

話す・聞くのレベルは高すぎた。授業では教師は伝えようと話す、こちらは何とか

聞き取ろう と努力する。だから、何となく理解できた。これを続けていけば聞く

能力が上がるのであろう。 また、午後の選択授業は1度も出席せずとなった。

あと1つ今日の試験が残っていたが、昨夜は 2人の若者と近くのパブへ。

帰ったのは0時過ぎ。0時であるも街は昼間とは打って代わってとても賑やかで

ある。車も多く駐車して人出も多いことには驚いた。 今日で試験も終わり、残り

僅かとなった。日帰り旅行に行かなければならない。 明日2日は黄龍渓、3日は

楽山大仏、4日は楽山から峨眉山に移動し宿泊、翌朝 登山。路線バスに乗り

行く予定。峨眉山は標高が3000m超である。頂上は可成り寒い。さて、中国社会

を観察した感想の一端を。以前に書いたが、近くの下水の壊れたマンホール、

今日修理をしていた。穴が開き近くを通ると下水の異臭がして臭かっ た。中国で

最も多い店は大小の飲食店である。その主食のご飯はとても安価であり、 お代わ

り自由である。国民の主食である米と市民の足であるバス料金はとても低く 抑えら

れている。バス料金は昔から市内料金は1元である。中国では夫婦共に働く。

時折、女性運転手のバスに出会す。また中国の失業率はいかほどか知らぬが、

日本では人出が要らぬような処でも人を雇用している。だから仕事といっても

日本のようにあくせく働いていない。のんびりしたものである。その分、給料は安い

かも知れぬが。国際間の競争を争っている最前線企業ではもっと働いているの

だろうが。 テレビコマーシャルであるが、北京の衛星放送を観ていると海外の企業

も、車も、日本のコマーシャルも放映しているが、多いと言う印象はない。市内は

マンションなどの高層建物をどんどん建てている。その分、古い建物をどんどん

壊している。 この建設ラッシュは中国全土で行われているから、もの凄い速度で

街が、社会が変貌していく。中国は歴史の古い国であり、未開の遺跡などの文化

遺産も多いことと思うが、貴重な文物遺産も工事で破壊、埋没しているのではない

かと危惧を覚える。取り壊し工事では建築廃材も多く生まれる。小生の留学宿舎

近くにも廃材が多く捨てられている。先人の残した文化遺産を滅失、その代わりに

後世に廃材を埋めているとのではという 印象を受ける。廃棄物管理はどうなって

いるのだろう。トラックの市内への乗り入れは 昼間は禁止されているようで全く

観ない。時間制限で夜間になると許可されているようである。この前も深夜に宿舎

近くの廃棄物現場で重機の大きな作業音がし、目が覚めた。