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2016年5月

2016年5月30日 (月)

球と草刈り

先日、友達3人で草刈りゴルフに行ってきた。久し振りである。小生、今回は誘っていた。

それは来月の第一日曜日、町内会のゴルフコンペがあるから、その前に一度お相手を

とテニス練習の時に言っておいた。町内会コンペ、春、秋の年2回開催されている。

このメンバーで回るのは今年で2回目である。その1人は40代でまだ若く、飛距離も出て

とても上手だ。大体、90を切っている。3人の中で最年長の小生が一番力量が劣る。

1人は師匠に師事している。小生、コンペに合わせ、ここ最近、週に1回は練習に行って

いる。そして前日も練習に行ってきた。散々な打球、曲球で飛んでいく。

どうも調子が良くない、相変わらず。どうも癖の頭が動き、身体が早く開いているようだ。

調子の良いときには、素直に、真っ直ぐに良く飛ぶが、その良き状態の時の感覚が

なかなかメモリー出来ない。安定しない。練習が足りないのだ。しかし、最近は原因が

把握できるようになり修正できるようになって来たのだが、どうも頭で考えている事と

身体の動きが一致していないようだ。そしてどうも力が入る。力を抜き、ゆったりとクラブを

振ると素直に良く飛んでいくのだが。今日のこの練習結果から明日は多くを期待できない

だろうと観念していた。今日の目標スコアーを何時もの108から-2の106に設定。

INからスタート。最初の10番、11番はOBでこの2ホールで計15。そして14、15番は

パー。午前中のスコアーは23パットの54。相棒二人は51と52。若者の調子が良くない。

腰痛の影響があるようだ。ドライバーの飛び方向、球がフックし、珍しく安定感が無い。

小生、パーが出てからオナーが2回。今日のドライバーの最長飛距離は230ヤード余。

午後からも出だしが良くない。2、3番でOB。また、プレーリズムも良くない。

前を回る年輩4人組のプレーが遅く、良く待たされる。と、2匹の鹿がグリーン周りにいる

ではないか。逃げる様子も無くのんびり食事をしている。人間様に慣れているようだ。

しかし、4番ホールから調子が上向いて来た。4番と7番がパー。そして4番以降のホール

はボギー止まり。午後のアウトコースは47。オナーが3回。相棒2人は50と53。

3人のスコアー計は101、101、105。このコース、グリーン芝は高麗芝、転がりが悪い。

誰かが沈めば誰かが浮いた。上手な若者が珍しく沈み、小生が浮いたようだ。

今回、計41パット。目標としたスコアーは調子が悪い彼に譲った。トータル パーが4つ、

OB4つに、池ポチャ1つ、内ドライバーのOBは2つ。そしてバンカーは無し。

さて小生、大体が練習場では結果が良くないのだが、練習頻度を上げ、最近は少し良く

なってきた。時に練習場では結果が余り良くないが、コースに出ると練習場の結果は余り

引きづら無い。ゴルフとは微妙なものだ。メンタル面も大きく左右する。

考えてみれば、難しい球技だ。直径40mmの球体を長い竿の先の小さな面で、竿のしなり

を利用して思い切り叩くのだ。目標目掛けて全身の一瞬の回転動作で遠くへ飛ばすのだ。

なかなか難しい技を必要とする。まぁ、真剣に上手くなろうと思えば良く練習することだ。

来週の町内コンペ、調子が吉と出るか凶と出るかconfident 爆発したいものだbomb

2016年5月24日 (火)

仏教を学ぶ1

畑の、庭の手入れを終え、午後から二回目の受講に出向いた。構内の駐車場を探し、

駐車すると見馴れたような白髪の人物が車の前を横切った。小生、お声がけのご挨拶。

と、一緒に帰ろうと言う、小生はこれから授業を受けるのだ。彼はこのキャンパスでは

有名?なキャンパス大好き人間である。キャンパスをいつも徘徊している。先輩元同僚だ。

彼とは縁あって長い付き合い、40年以上のご縁、腐れ縁。チョット話そうと言うことで

講座が開かれているホールのロビーで談笑。話術が巧みだから何時も圧倒され、専ら

聞き役に回っている。出てくる出てくる?慢話。彼は何時もサックを背負い、遠きところ

から徒歩で通っている。サックの中は語学テキストや講座テキストで詰まっている。

アカデミックな生活スタイルである。彼は左脳が発達している。言語中枢、言葉が、言語

が巧みだ。しかし、その影響か、逆に右脳、感覚を司る右脳が未熟だm(_ _)m。

だから車の運転は苦手、専ら大学までは徒歩だ。故に、時に一緒に帰ろう、が多くなる。

同乗を期待して。会う度に海外旅行に行った話が出てくる。先日、英国に、スペインにと

話が続き、小生聞き役。旅の途上での英語、中国語会話での体験談、?慢話を聞かされる。

小生の体験から考えても、外国語が出来れば当然の如く外国へ行きたくなる。兎に角、

彼の趣味は学問、今も2つの外国語をラジオ講座で学び、実践のために?外国に出向く。

そしてこの大学の公開講座を学んでいる、徹底的に学んでいる。彼の話では仏教思想

の深化、仏教哲学を今後の学びの目標としているようだ。思想、内面の学びを追求して

いるが、一向に人間性に変化は無い。性格は変わらないものだ。

親しき故か、小生を貶し、専ら自尊の言動。何ら悪気は無く、面白く挑発しているのだ。

あぁ、またかと思う次第。当然の如く、親鸞の教えを学び、歎異抄等を学び終えている。

今後、仏教の唯識論(哲学)を追求すると話していた。  そして、

お主は何を学んでいるのだと言う。この講座を学んでいるのだろうと勝手に推察する。

正解だ。彼は既に学んだ講座のようだ。講座ガイド本を見ながら、今日の講師はこの方か、

元東大教授とある。そう二人で話をしていると、今来たあの方ではないかと指さした。

黒い作務衣姿の出で立ち。今日の大講師である。第一回目の講師を従えている。

彼が言うには若い講師は弟子だと言っていた。両者は同じ所属部門で、片や所長である。

そうしてキャンパス大好き人間は言った、今日の大講師の説明はとても分かり易いと。

そして別れ際、キャンパス大好き人間は大講師の今日のレジュメを1枚欲しいと小生に

頼む。そして更に、右脳を使う?パソコンも一度見に来るようにとせがむ。落差が激しい。

この講座は全5回。毎回講師が異なる。大講師による第二回の講義が始まった。

今日のテーマは、「大乗仏教の誕生」-他者の発見- レジュメはA4の1面。

どうも講義が飛躍して分かり難い。聴講しているのは東大の学生では無いのだが・・・。

あなたの幸せは何ですかと問うと、多くの人は自分の幸せについて答える。

「健康」、「家族の幸せ」、「子どもの成長」・・・etc

大乗仏教には、一切衆生の文言が多く出てくる。共に生きていく、人と共に生きていく。

「一切衆生が病む限り、私も病む」、「共に生きる」 (ことの難しさ)

自利、利自(己)・・・自分を利する、自分の利益。

利他・・・他人を利する。自分のことより他人の幸福を願う。「他者のために、他者と共に」

今日の仏教の講義:

我が聴力ear低下+大講師の発声、部分聞き取り難ear+飛躍説明=消化不良

散発的に理解、故に講義内容整然なる説明できず。ご期待に背き誠に申し訳無い。

2016年5月22日 (日)

憑かれた?

気温が上昇してくると、20℃を超えてくると身の回りでいろいろな変化が起き始める。

先ず、戸外では木々が新芽を出し、花も咲き始める。それを求めて昆虫が、鳥の活動が

活発になる。連れて人間様の活動も活発になる。野菜苗を植え、種を蒔き、花苗を植え、

観葉植物を外に出し、水を、肥料を与え、病害虫の被害は無いかと注意力を働かせ、

脳内のボケも引っ込み、活性化する。挿し芽、挿し木で増殖、世代交代を図り、緑を

増やし、癒やし効果の恩恵を受けるように努める。おかしな事にではなく、当たり前の事

だが、手を掛け、愛おしく育て接すると植物もそれに応え、元気よく育つ。小生の場合。

そして、その植物にはその植物の昆虫が寄生する。共生の関係も有るだろうが、幼虫が

植物のエネルギー生産の源で有る葉を食べられると植物は大きなダメージを受ける。

いつの間にか昆虫に卵を産み付けられて。恐らく昨年中に産み付け、気温の上昇、

植物の成長に合わせて孵化したものであろう。

そして、我が家の水槽のメダカも産卵を始め、間もなく孵化して稚魚誕生が間近だ。

今も卵を産み続けている。産み付けた卵を分離し、小さなポリ容器に移し、孵化を待つ。

更に、厄介な昆虫が台所で蠢き始めた。どこの家庭でも必ず発生するコバエだ。

人間から観れば厄介な害虫だ。生ゴミのゴミ箱から大量に発生する。多くの卵からさなぎ

になり羽化する。しかし、発生当初、どうして発生するのか不思議でいた。

当初、成虫がいないのにどうして卵を産み付けるのだろうと。どうやら発生当初は外部

から飛来侵入して来るという。戸を、扉を開けた隙に室内に侵入しているようだ。

何とも厄介な昆虫だ。観葉植物の土の中に卵を産み付けることもあるようで、屋内に

持ち込めば屋内で孵化してしまう。菜園準備などで畑の土を、植木鉢の土を耕している

と大小の白い芋虫が見付かる。カブトムシの幼虫を小さくしたような。これはコガネ虫の

幼虫という。冬場の土の中でも良く見付かる。コバエも土中で越冬しているのであろうか。

このように気温の変化、上昇と共に新しい生命が毎年生まれる。

去年、受けた講座内容(あの世この世と輪廻転生する世界)で人間は未だ生命体、

新たな生命体を作り出すことが出来ないと聞いたことを思い出す。コピーは出来るが。

科学がこれほど発達した世の中、原始生物のアメーバーのような単純生物も、大腸菌

やウィルスのような細菌も人間の手で新たに作り出すことが出来ない。地上にはとても

多くの種類の生物がいるが、人類は新たな生命体を作り出すことが出来ないでいる。

そう考えると生命とは一体何ぞやsign02 この世の生物は神が作り出したのであろうと思え

てくる。そうすると新たな生命体の誕生への人間の挑戦は神の領域を犯すことになる。

だから、もし実現すれば、この人類社会、この世の、世界の終末となるのであろう。

去年受けた講座内容を時折反芻していると、どうもあの世があると思えてくるのである。

と言うことは、小生はあの世からの引力を、お誘いを受け始めたということであろうか。

先週からは仏教も学び始めた。心を清らかにし成仏へと導かれる教え。

どうもあの世に取り憑かれているようでならないconfident

2016年5月21日 (土)

ヘイブン

テニスに行ってきた、遠方のテニスコートに出向いた。集まったプレやーは6人。

ジリ貧の、灯火のクラブ状況。高齢化と高齢故の膝の怪我で参加者も限られる。そして、

このテニスコートは高度な対応力が求められる、年輩者にも。荒れたクレーコートだから

とてもイレギュラーバウンドが多く、その発生頻度も高い。この急な球の変化に無理に

追随すると膝を痛める。 このテニスの帰りに良く立ち寄る安土の園芸店に立ち寄った。

4月初旬に尋ねた時には未だ入って来ていません、夏に入荷しますとの返事だった。

今日、もう一度尋ねたら、入って来ていますと言う返事があり案内された。その花苗を

2ポット買い求めた。その花名は「ランタナbud チョット変わった、印象に残った花

である。初対面は中国成都のパンダ繁育基地内である。

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花の名前も分からずその花色、花姿を脳裏

に記憶。そしてたまたま日本でも見付け、

園芸クラブのメンバーに尋ね、園芸本でも

探して花名が分かった。今回は花色が変化

する七変化とヤマブキの2種を買い求めた。

このランタナ、南アメリカが原産で、繁殖力

がとても旺盛で丈夫な植物、ゆえに、世界

各地の原生種を駆逐してしまう恐れがあり、国際自然保護連合の「世界の侵略的外来

種ワースト100」に指定されており、日本でも環境省が「要注意外来種生物リスト」

に指定しているそうだ。正体を初めて知った。    さて、

話題が変わってお金の話。世の人間を誘惑し、脱線させ、時に争い、命をも奪うとても

魔力があるお金、またも新聞紙上を賑わせている。日本では都知事の執着心に驚く。

都民を一番に考えた執政では無く、自らの懐を第一優先、判断した執政に映る。

私利私欲に眼が眩んでいるように映る。選挙で選んだ都民もこんな筈では・・・と思っ

ているだろう。経歴、学歴や強面、その発言力で有権者は判断し、選んだのであろうが

期待外れのようだ。選挙で選ぶのは結婚相手と同様、政治を実際に行ってみなければ

分からないものだ。そして結婚は相手と一緒に住んでみないと、添うてみないと分から

ないものだ。良き馬は乗ってみなければ分からないのだ。

他方、国外ではタックスヘイブンを利用した脱税が大きな話題となっている。世界の

超大物政治家、有名人から実業家、一般者まで頭を使い、脱税にご執心のようだ。

富豪ほど執着心が強いようだ。タックスヘイブンなるもの昔から存在し、やっと問題が

表面化した。大学の経済の講義に於いてもタックスヘイブンなるものを聞いたが、この

意味(租税回避地)からも違法であることは明白であり、何故今になってという感が強い。

回避地であるケイマン諸島などの供給サイド、それを利用する需要サイドの一般企業、

世界の富豪者、富裕層などの需要と供給が一致した現象だ。誰が考えたものかsign02

さて、前回のブログにも登場したこのお金dollarの話。そう言うお主はどうだと問われれば、

国民の義務の一つである納税、キッチリと自ら支払い、そして口座から強制徴収されて

おります。その状況をみると時に頭を使い、節税を、脱税?を試みるも、なかなかその

税の仕組みが難しく、その対応力には限界が生まれます。本心、こうキッチリと捕捉

されると何か良い対処法は無いかと考えたくもなります。が、しかし、お金はこの世し

か通用しません。そして、身体の衰えに比例してお金の消費は減り、消費支出は主に

食料品と医療介護費に収斂して行きます。食も細って、エンゲル係数は低下し、代わり

にホスピタル係数が上昇していきます。こうなると、この世のお金とあの世のお金を橋渡

しする統一通貨なるものはできないものでしょうか(代弁)とsign01 あの世へ行くために。

こう言う我が輩が一番の執着者sign02 confident

しかしながら、残念、あの世はお金とは無縁の浄い世界のようですconfident

*ホスピタル係数:小生が勝手に名付けたもの

2016年5月10日 (火)

仏教を学ぶ

講座が始まった。近くにある何時もの大学に出向く。初歩の仏教講座である。全五回の

講義。  仏教は約2500年前にインドで生まれた釈尊(お釈迦さま)の教えである。

インドに生まれ、中央アジア→ 中国 → 朝鮮 → 日本に伝わった、北伝仏教。

片や東南アジア諸国(ミヤンマー、タイ等)に伝わった南伝仏教がある。元は同じ仏教で

ありながら、伝播ルートによっても教えは変節していく。外観だけを観ると南伝仏教の

ミヤンマー、タイなどのお坊さんは全員丸坊主、袈裟も簡素、北伝仏教と対照的である。

初期の仏教には釈迦の時代の原始仏教(初期仏教)、BC4世紀頃の釈迦没後の仏教

である部派仏教、またその後の大乗仏教がある。日本の仏教は大乗仏教。

宗教の定義は宗教学者の数だけあると言われるほど多様である。 その一つは、

「私個人がいかに生きるべきかを問題としたもの」、第二義的には「私個人が社会とどの

ように関わるべきかを考える方向性を与えてくれるもの」と言える。

世界には多種多様な宗教がある、大きく分けて3種類に分類できる。

1.祈りの宗教・・・自力ではとても及ばぬことを超越的な存在に祈る
2.服従の宗教・・・人間を超越した全知全能の神の言葉を真理としてその言葉に従い生きる
3.目覚めの宗教・・自身が真理に目覚めることによって苦を消滅する

仏教の教えは目覚めの仏教、自己中心的なものの見方しかできないこの私(凡夫)が、

普遍的心理(法)によって目覚めていくというもの。

ここで言う真理はキリスト教などの啓示宗教でいう「神のみが示す真理」ではなく、「如来、

世に出ずるも出ざるも、法(真理)は恒に定まれり」と説いているように、すべての人が

認めざるをえない普遍的理法を意味する。

人生は苦なり。生苦、老苦、病苦、死苦の四苦を根本苦という。

この内の生苦では、生まれる先を選べぬ(インドカースト制に拠る)又は迷える世界への

生に対するもの。お釈迦さまのころのインドではカースト制の身分制度があり、生まれ

ながらにして身分は決まっていた。

その当時の宗教はバラモン教、その思想を元にした大乗仏教では六道輪廻という考え。

 天・・・・・・最上の世界
 人・・・・・・人間界
 阿修羅・・・争いの世界
 畜生・・・・・反省する心がない世界(動物)
 餓鬼・・・・・食べるもの、飲むものが手に入らない世界
 地獄・・・・・奈落の底

この人~地獄の世界は迷いの世界。この迷いの連鎖を断ち切ることを解脱という。

この解脱、バラモン教にはない仏教の教えである。

この四苦に「怨憎得苦」(恨み憎むべき者と会う苦)、「愛別離苦」(愛する者と別離する苦)

「求不得苦」(求めても得られない苦)、「五取蘊苦」(現実を構成する五つの要素は苦で

ある)の四つを加えて八苦という。これらの四苦八苦は私自身が背負っている苦であり、

私たちの日常はこれらの苦から目を背け、遠ざけごまかしながら生きているのではない

だろうか。釈尊はすべてのものは無常であり、すべてのものは苦であり、すべてのものは

永遠不変の実体ではない、だから自己中心的なものの見方によって執着してはならない

と説いている。

ブッダとなった釈尊は、苦しみ悩むすべてのいのちあるものを、その苦しみから救うために

仏教(ブッダになるための教え)を説いた。釈尊の説法は「対機説法」、数えることができ

ないほどの多くの教えがある。釈尊の教えはインド以外の地に伝播するに至り、

先ず中国で中国古典と比較しつつ老荘思想などに基づいて仏教を理解、その後には釈尊

の教説の分類作業が行われ、どの教えに釈尊の本意があったのか、最も優れた教えで

あるのかを求め、宗派が成立した。その後日本に伝播し、日本仏教に於いても宗派ごとに

釈迦一代の最高の教えを探求していくことになる。

浄土真宗の開祖である親鸞聖人は「浄土真宗は大乗のなかの至極なり」と「浄土真宗こそ

大乗の中の究極の教えである」と述べている。阿弥陀仏の本願力による救済は、すべて

のものが平等に仏になることができる教え、『無量寿経』に示される念仏往生の教えは、

仏の願いに従い、ただ念仏する教えの仏教(ブッダになるための教え)である。

2016年5月 7日 (土)

5月の繁忙

とにかく忙しい、この時期はsign03人によっては。緑を、園芸を愛する者にとっては兎に角

忙しい。丁度、今が夏野菜を植え付けるタイミング、5月上旬までの2週間がベスト時期。

この時期、気温が上昇し、熱い陽光が射し込み、雨が降り、風が吹く。植物はこの時期

どんどん成長する。野菜も木々も観葉植物も花苗も植物は一斉に勢いづく。

水槽のメダカもそれに合わせるように産卵を始めた。

我が家のミニ菜園にミニ花壇に庭、木々の葉が繁茂してきた。ツツジが咲き、次にサツキ

が、そして摘蕾した大輪のシャクヤクが、カラーが、キキョウ・・・が咲き始める。

順番に、一斉に花が咲き始める。その開花期間は多くが短い。

ちょっと余談だが、緑が、木々が、花があると蝶や、昆虫や、鳥が飛来する。蜜を求めて、

相手を求めて、産卵のために。そうするとその生き物を狙う、獲物にする昆虫、虫、鳥も

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やってくる。定置網ならぬ定置ネットで捕らえる昆虫もいる。クモだ。だから家周りは

定置網ならぬクモの巣が多くて困る。頭髪に引っかかる。

下草ならぬ低木の花木、木々、花を手入れしていると見つけた。柚子の木の根元から

幹の上方に向かって土の塊が連なっている。蟻だ。キンチョール駆除。

こんなことを、植物の、木々の手入れ管理をしているとボケと、認知症とは縁遠くなる。

昨夜放送の団塊スタイル、家庭菜園で認知症は半減と言っていたが。小生は五感+手

を使うから認知症とは生涯無縁だろう。時折、一人芝居のミスを犯し(軽いボケsign02)、

自嘲することもあるが、これは認知症へのガス抜きの一行動。

今年の夏野菜はナス2苗、トマト4苗、トウガラシ2苗、ミニトマトとミニかぼちゃが

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各1苗。間もなく昨年植えた豊作のエンドウ豆の収穫時期を迎える。

昨夜の団塊スタイルの番組では、リーフレタスと言っていたが、早速今日、プランターの

苗床準備をした。少し遅かったが、これを1週間後に2~3株植えよう。根元部分を残し、

葉の部分を採って食すると葉が再生して何度か収穫できると言っていたから。

先日は今夏の我が家のメインとなる花苗を植え付けた。ちょっと買う時期が遅かったため、

良い花苗は残っておらず、園芸店3店を回ってようやく気に入った花苗を見つけた。

我が家の花はニチニチソウ。今年も自家採種した種を播き、育てている。植物サイクルを

回している。他にセンニチコウ、マリ-ゴールド、アサリナ。4月初めに行った沖縄では

既に咲いていたが、今年、我が家の花に指定したランタナ、まだ店頭には無い。

お好み焼きの店先に咲いていた宿根草のランタナ、まだ時期が早いようだ。

今年もポトスの再生、増殖に取り組んでいる。店頭に並ぶポトス、なぜか市販ポトスの

株元は多くの枝数が出ている。多くの新芽のようだ。今年は、市販品のように根元から

このように多くの新芽が茂るポトス作りに挑戦することにした。ネットで調べ、

それらしきヒントを掴んだから。しかし、調べどなかなか明確には書いてないものだ。

水槽で産み付ける卵、メダカの卵、昨年は12匹の稚魚を採卵から孵化させた。

新たに雌雄不明の4匹を買ってきて加え繁殖を試みた。今年は昨年のような新たな

血族種の追加はなし。1ケ月後には多くの健康sign02な稚魚が泳ぎ回っているだろう。

この家庭菜園や花壇、鉢物の花々の手入れは戸外作業である。人目にも付き、注目も

される。時には1日の内、3~4時間戸外で作業をする。これを見た周りの隣家、刺激

を受けるであろう、刺激を与えてやろう。んッ、もう刺激を受けているsign02今年もthink

2016年5月 5日 (木)

こどもの日

ブログ記事、新聞記事から触発されることも多い。今回も。その前に、14年前となる

大学時代に受けた授業を思い出した。教授(小生より1歳年上)は問題を、テーマ

を提起した。当時の社会の主要な関心事、話題について提起、考えを求めた。

 ①将来、海外で働きたいか、国内で働きたいか。
 ②日韓ワールドカップは成功したといえるか。
 ③男が得か、女が得か。
 ④結婚についてどう思うか。    などである。

各テーマ毎に自分の考えを記述し、ランダムに回付して、他の学生からその考えに対す

る感想、意見記述を求めるもの。 この内の提起④についての小生の記述録である。

少子化問題の走り、ディンクス等が話題となった当時である。

あり得ないことだが、みんなが非婚願望だったらこの社会は成り立たない。やはり男女

はいつかは結婚しなければならないのである。そこまで至る過程は各人各様であるが。

それにしても現代は経済的豊かさにより生活の選択肢が多様である。一人で生活する

にも便利で、自分の願望の大部分は精神的にも、物質的にも満たされ、何事も事欠か

ない楽しい社会である。結婚をわずらわしいと考えるのも極自然なことではある。しかし、

このような自由な独身生活は己一人では成立、存続しない。一人で生きていくことの権利

を主張することはできるが、責任社会であり、その反面義務を果たさなければならない。

結婚は強制することはできないが社会に対する一つの義務とみることもできる。

否が応でも結婚し、子供を産み育て、社会に送り出すことが、われわれ人間の自然な

生命サイクルの営みなのである。幸か不幸か余りに豊かで自由であるが故に、快楽を

優先して束縛を回避しているのではあるまいか。結婚生活は二人の共同生活である。

お互いの自由は制約され、長い結婚生活では喜怒哀楽いろいろあるだろう。怒哀があっ

てこそ人生の喜楽も大きくなり豊かなものとなる。子育てを終え、社会の一線から退き

一仕事を終えた晩年の仲睦まじい夫婦の姿は美しく尊いものである。

結婚、それはお互いが、両眼をしっかり見開き、愛する人を探し、発見することが重要で

あり、又、赤い糸(縁、運)も大切にしたいものである。 と記している。

そしてある時、教授は言っていた。命を大切にしなければいけない。とても尊い命だから。

この命、ホモサピエンスと言われる人類が誕生して20万年、この間、営々と命を繋いで

来た結果が、今生きる我々である。そう考えると命とは何と尊いであろうかと。  次に、

先日の新聞記事、このブログ記事を書く動機となったその内容の一部は以下の通り。

講義の冒頭でこう説く。現世の自己の存在のみがすべてだなどと考えるのは不道徳で

ある。諸君には父母がおり、祖父母、祖祖父母、祖先がある。数世代を遡るだけでゆうに

百人を超える血族があり、その内の一人が欠けても諸君はここには存在していないのだ。

諸君の持つさまざまな属性は遺伝子の情報伝達メカニズムを通じて血族から諸君に移し

替えられている。それゆえ個人はすべて歴史的存在なのだ。現世の個人は連綿と続く

血縁の中の一人の旅人である。死せる者のいうことにも耳を傾けながら現世を選び取る

という感覚を呼び起こそうではないか。日本の国家という命運は、外敵からいかに身を

守るにかかっていると同時に、共同体の基層にある家族の再生をいかにして図るかに

も委ねられている。国人よ、まだ遅くはない、個人主義の呪縛から脱しようではないか

さて、古くなった我が命は、遺伝子は両親から受け継いでいるが、ある思い出がある。

小生が10代の頃、母方の一人の叔父さんが小生に1枚の軍服姿の写真を見せながら

言った。この方は、姉(母)と結婚する予定であった。この方がもし生きていたならば

貴男はこの世にいなかった、と冗談半分に言っていたことを。皮肉にも先の大戦の結果

が、わが命をこの世に生み落してくれたのだ。亡くなる命に取って代わる新たな生命。

運命とは、命とは不思議なものだ。神のみがなせる業だ。

*2016.5.3記事 「個人主義」の呪縛から脱出せよ  拓殖大学学事顧問 渡辺 利夫 記