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2016年11月30日 (水)

四苦を超える3

昨夕のニュースで酔っ払い、目の不自由な人がホームから転落する事故が発生しており、

その防止対策としてホームドアがある。しかし、費用の面で全駅設置には限界がある。

酔っ払いはホームにある待合ベンチから立ち上がると前進して転落しているという。

だからこのベンチの配置を90度回して、向きを列車の進行方向にするという。 今日、

講座に向かう途中、1駅目を通過した処でニュース内容を想い出し、ベンチを観察した。

京都駅までの間の全ての駅のホームベンチの向きが既に変わっている。ホーム上には

動かした痕跡があり、つい最近工事をしたのであろう。その素早い安全対応に驚く。

そんな観察をしながら電車に乗り、歩き、キャンパスに到着。今日は補講授業、開講時刻

が13:15と1限遅い、先ず、美味しい学食で食事をし、授業に臨む。

その講義内容の一部である。その内容の一部は毎回繰り返し出てくる。

◇都市社会と田舎社会(比喩)

我々は都市社会に生きている。目的があり、人間の思いが実現できる便利で快適な社会

に生きている。 それは、

死・・・・・存在しないが如く
老人・・・老いの意味を噛みしめることなく、若さを強調(高齢者の健康指導)
病人・・・病に学ぶことなく病気からの脱出、健康への復帰を・・・良くなると励まされ。

部品化、物(もの)化、管理・責任社会で生きている。How toの仕組みの中に生きている。

物の表面的な価値を計算する見方(理性、知性)、計算的思考で生きている。

思い通りにしたい。管理し、支配する。

例えば、小生の今日のこれまでの行動を観ても、13時からの講座、XX時に家を出て、

XX時には京都駅に着き、XX時から学食で昼食を摂り、少し休んで開講30分前に教室に

入る、と頭の中で計算し、管理し、行動している。

我々は今、老、病、死はマイナス(思考)と捉え、そのことによって不幸が完成する。

善/悪、損/得、勝/負で判断、分別している。煩悩が邪魔をしているから。

老・病・死という人間の有限性に直面することから眼をそらし、避けることの出来ない経験

から学ぶことを忘れてしまっている。近代社会は苦痛を避け、死を隠蔽して、そこから学ぶ

ことを拒否してしまい、その結果「生」の意義も見失った。

管理責任の一例で、病院で高齢の患者が亡くなった。食べ物を戻し、誤嚥で亡くなった。

これを病院の落ち度と訴え、管理責任を問う。

田舎社会(比喩)では、農作業をしていたら、突然雨が降ってきた。急遽、農作業を取り

やめ、代わりの作業に取りかかる。自然の変化に抗う事は出来ない。その自然の変化の

一瞬一瞬を判断し、行動し生きている。人生とは取り返しのつかない決断の行動である。

Whyの全体的(根源的)思考で、物(自然)の言う声を聞き、管理、支配はしない。

物の背後に宿されている意味を感得する見方、この現実は私に何を教えようとしているか。

人間として自然を受容する文化 、が必要である。

講義を聴き、今まで長く生きてきた競争社会、その科学的・合理的思考から脱却しなさいと

言うもの。理性・知性の分別から。現役の若者にはこのような思考で現実の社会を生きる

事は不可能。出来るとすればそれはお寺、仏門に入る、出家するしかない。

しかし、老・病・死が身近になった、現役をとっくに引退した高齢者に勧める考え、仏の教え

である。その思考により、苦が苦ではなくなりますよ、と言う教え。

我々は60兆個の細胞を持っている。毎日、その1/200が壊れ、1/200が再合成され

て生きている。体内細胞は日々死に、日々生まれているのである。生まれると言うことは、

同時に死を背負って生まれるという事。

朝/生、夜/死、一日完結、生死一如(生きると事と死ぬ事は表裏一体)生かされている

のである。当たり前を正し、足を知り、自ら作り出している苦を超えなさいと。

小生は、仏門の門を講義で叩き、足を一歩踏み入れた初歩レベル、永年の思考を転換

することは現実に生きている社会では難しい。しかし、その考え方、教え、説こうとしている

ことは概ね理解出来るが、実践は難しい。が、しかし、少なからぬ影響を受ける。 今後、

病・死に直面するとより影響を受けるだろう。この講義を聴いていると我が耳earはとても

痛い。先ず始めは、両手を合せて南無阿弥陀仏の合掌であるようだ。仏の智慧を求めて。

*加筆推敲中

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