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2016年11月16日 (水)

四苦を超える2

四苦を超える物語の3回目の講義。2回目講義が台風襲来で途中で終わり、休講扱い

となった。故に今日が2回目の講義である。再来週は休講の補講日に設定された。

講義の内容を一概に説明することは難しい。そのレジュメの極一説。

「分断生死」・・・凡夫の迷いの生死、良い、短いで測られる身命、分かれて次々と起こって

くる生・老・病・死。問題が解決したら、また次の問題が起こってくる。

次々に起きる問題に悩まされて「やれやれ」と言うことがない。身体とその寿命とに分段

(限界)がある生死、我々凡夫が被る生死のあり方である。生と死を実体視し、分段(分断)

している立場。従って死は生を断ち切るものであり、生はいつも死に脅え、死の不安を持

った生である。 これに対し、変易(へんにゃく)生死がある。

これは仏の悲願力によって身命を改転(仏教用語)し、定まった際限の無い生死を

「不思議変易生死」という。変易とは姿形の区別や寿命の長短でなく、普遍の意味である。

仏教では、人間にとって不如意且つ、不可避な生死の苦からの解放を、分断生死を離れ

て、不思議変易生死の自覚という生死観への転換によって果たす。

通俗世界からの解脱を説くのであるが、なかなかそのような境地に考えを改めることは

容易ではない と、講義を聴きながら今も科学的合理的主義の世界に浸るのである。

知人に、小生に勝る仏教学を学んでいるという先輩がいるが、変わりはせぬものだ。

12時過ぎに講義を終え、ほぼ満席の学生食堂で昼食を終え、キャンパスで暫し休憩。

13時に正門前で老婆(ラオポ)と待ち合わせとなっている。座っている小生の後ろから肩を

叩く、珍しく時間を守った。守らなければ今回、小生は遁走する予定であったが、相手は

そのリスクを察知して時間厳守である、珍しく。今回、13時半の要望を敢えて13時とした。

いつも遅れるリスクを小生は30分見込んだのである。小生の京都での講義日程を調べ、

好まぬが小生の行動に随伴する。午後から向かう目的地は西国33ヶ所の18番、19番

札所。西本願寺隣のキャンパスから歩いて先ず向かう先は18番札所の六角堂頂法寺。

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地下鉄烏丸御池から3分とある。老婆(ラオポ)は京都の地図は詳しい。ウォーキング、

歩いて向かうことにする。ほどなく東本願寺に辿り着き、初めてその門前通りを歩く。

仏具屋さんが多い。烏丸通りを歩き地下鉄烏丸御池駅を目指す。六角堂の看板が見える。

本堂が六角形をした小さなお寺である。手水場で手を洗い、ロウソクを灯し、線香を供え、

お札を奉納、賽銭をあげ、鰐口を鳴らし、合掌。数珠、経本を片手にお経を唱える。暫し、

観音様の顔を覗くも堂内薄暗くなかなか認識できない、その後、納経帳に御朱印を戴く。

聖徳太子沐浴を伝える池には白鳥が3羽泳いでいる。その畔には、これ六角堂のビル、

と思える大きなビルが建っている。華道池坊のビル、発祥の地に建つ。

次の19番札所に向かう。目標とする丸太町駅に向かう。更に上がらなければならない。

広い御所が見えてきた。寺の看板は捜せど見付からない。スマホを片手に札所である

革堂行願寺を目指す。便利な案内役だ。御所の近くで、小さなお寺。33ヶ所で唯一の

尼寺。こうして無事に2ヶ所の札所を巡った。寺巡りは心が落ち着き小生は好きだ。

歴史がある古き建物、多くの緑に囲まれ、山に囲まれ自然豊かな地にある。

今回の2寺はコンクリート建物の谷間にあった。今回で18の札所を巡った。約半分。

参拝を終え、寺町通りを下る。 途中、本能寺に立ち寄り、四条通りに出る。

高島屋をぶらりと観て回り、四条河原町からバスでJR京都駅に戻る。

老婆(ラオポ)が美味しいソフトクリームを奢るという。駅2階の小さな店だが、女性客で

いっぱい。席を確保。美味しく食べていると隣席の女性が1人から4人になった。

表情の勢いが、顔付きが違う、中国人だ。小生、中国語の勉強には格好のお相手と、

話す機会を覗う。しかし、どうも割り込めない。歳は40歳前後、真剣な形相で、キツイ目付

きで話に夢中だ。何か企んでいる?キツイ女性、今回は敬遠しましたconfident

駅前地下の食堂街で食事をし、帰途につきました。今日1日、歩いた距離は18000歩余、

約10km。5日前のゴルフの脚痛もあって疲れました。

それにしても老婆(ラオポ)、脊椎側湾症だが、よく歩いたものだ。

2016年11月 6日 (日)

東の京2

今年3回目の東の京に出掛けた、野暮用で。1ヶ月ほど前にネットで宿を予約し、2週間

ほど前にはネットで新幹線を予約。とても便利だ。机上で行動計画を立て、ネットで事前

の行動に移す。変更も容易だ。ICカードでバスに乗り、ICカードで在来線の電車に乗り

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京都駅へ。新幹線ゲートでは在来線のIC

カードと新幹線予約用のICカードを重ね

て無事通過。通過ゲートで同時に利用票

が出てくる。乗車2時間ほど前には、乗車

時刻が近付きましたと携帯にメール連絡

が入っている。天気も良く、予約した座席に

着く。ひかり514号、12号車、14番A席。

定刻に発車。直ぐにチョット観察開始。駅構内のレールを観察した。駅構内のレールには

付いている。地震による脱線防止装置(レール板)を観察した。全線ではないが、かなり

の区間で脱線防止装置 ↓ が付いている。安心して?車窓を眺める。快適だ。

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滋賀県区間は11~12分足らずで通過していく。米原駅で停まった。車窓にはヤンマー

中央研究所、鉄道総合研究所が見える。こうして定刻12:10東京駅着。雑踏に滅入る。

東京駅で軽い食事を摂り、暫し、駅周辺をぶらりして、13:30から5日からの行動予定

の打ち合わせに臨む。30~40分程度の予定が2時間も掛かった。その後の午後から

の予定が狂った。午後から山手線の駒込駅に向かい「六義園」に向かう予定であったが、

断念した。東京はビル群、高層建物が多いが、代々木公園、新宿御苑、上野公園、明治

神宮外苑、皇居など公園、緑も多い。東京の多くの名所は訪れたが、六義園は初めて

であったのだが、今回は成就しなかった。またの機会にユックリ巡ることにしよう。

前回訪れた美術館、博物館などの文化施設は東京には多い。そして人も車も多い。

夕食は姪と二人で食べる約束となっている。少し時間もあり、その方面に向かう途中の

新宿区に向かう。今話題の都知事に挨拶に行ってこようと、都庁へぶらり歩いて向かう。

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辺りはオフィス街、どこかにデスクワークをするところはないかと捜すも見付からない。

やっと何とか見付かった。ビルの谷間で事前打ち合わせをした内容を一覧表にまとめて

整理。辺りは少し暗くなり、夕食の目的地に向かう。5日、6日は姪と二人で某目的の

ために都内を駆け巡る、野暮用で。     こうして2日間巡った。

最終日の午後は決断をしなければならない。エィ、と大英断を下す。事が事だけに今後

種々の問題が起きるであろうが、意に反したことも起きるであろうが最後の決断を下す。

帰りの新幹線は19:00発で予約済み。姪と二人で駅地下の喫茶店で休む。偶然座った

席がコンセント付のWiFi席。新幹線の予約時刻変更を試みる。持ってきたノートパソコン

で1時間余早い列車に予約変更。即、携帯に変更メールが届く。これから姪はテニス

教室へ、我が輩は40分前にホームに向かう。駅弁を買い、発車直前にホームで冷えた

缶ビールを買う算段。乗車はのぞみ119号17:50発。1本前の17:47分発が発車間近、

この3分後に来るのだと信じて。しかし変だ。折り返し運転車両、3分では車内を清掃す

る時間が無い。反対側のホームのダイヤ表示の3列車に119号、17:50分発はない。

このホーム待ちでよいsign02なんかおかしい。自信が揺らぐ。

休むことなくホームの案内放送をする専任職員に聞いた。早口で短く 「降りて左、16番」

と言った。となりホームだ。急ぎ移動、着席3分後に発車。小生、このホームしかないと

固く思い込んでいたから。下り方面のホームは1つではないのだ。始発終点駅だから。

東海道・山陽線用ホームは3つ、6線路あるのだ。固く思い、信じ込む老化のイタヅラだsign01

日曜日の下り博多行き新幹線、車両は満席。21:00過ぎ、無事我が家に帰着。

2016年10月21日 (金)

遊び惚ける

10月は季節柄行事も多く毎年忙しい、遊びに忙しい。18日は近所の4人が、急用で1人

減り3人でゴルフへ。このメンバー内で小生が一番若い。19日は所属クラブAのテニス、

20、21日は所属クラブBのテニス合宿と言うことで、前年に続き石川県山中温泉へ

テニス旅。明後日23日は地域社会のゴルフコンペの幹事。兎に角忙しい。      先ず、

18日はご近所のメンバー会員随行によるお誘いゴルフへ。2週間前にメールによる誘い

が入り、早々に「吉報有り難うございます」と、参加意志を表明した。会員メンバーの

誕生日による優待ゴルフ券があると言うことでお声が掛かったもの。とても良いゴルフ場だ。

しかし、難点は、スタート時間が早いこと。スタート時間は7:48。通常、小生が起床する

時刻である。このゴルフ場、兎に角、グリーン上でよくボールが転がる。グリーンの速さは

9.5、とても良く転がる。この速さ、余り経験したことがない速さ。プロのトーナメントでは

11~13と更に転がるようだ。しかし、パット結果は35。スコア結果は52、52の104。

顎の深いバンカーに入り、4打目で脱出、これが響いた。

19日は加入しているテニスクラブAによる毎週の通常のテニス練習。練習時間は4時間、

正味練習時間は3時間半。今日の参加人員は7名。いつもの基礎練習の後はダブルスに

よる試合を楽しむ。何時もより30分練習を早く切り上げ、明日のテニス旅に備え移動。

翌20、21日は昨年と同様のテニス旅、石川県山中温泉へ。昨年と同じ温泉宿に泊る

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テニス合宿という名のテニス娯楽旅。参加人員

は8名。初日の20日は高速道移動着後の

午後にテニス練習。翌21日は宿から車で30分

余離れた同じテニスコートで午前のテニス練習。

午後の気温高く半袖、半ズボンで練習を楽しむ。

温泉で練習の汗を流し、バイキング形式の夕食

に舌鼓。大きなレストラン会場でバラエティーな

料理が盛り沢山。いっぱい戴き、呑みました。

この大衆温泉旅館、多くの宿泊客、その多くが

老人客だ。稼働率がとても高い温泉旅館のようだ。

      美味しい昼食      遠く眼下には小松空港が見える。

食後の次は、テニスならぬテーブルテニスの卓球を楽しむ。腕には自信ありげな言を発す

るも、各の実力に大差は無い。5~6回続いたら良い方だ。汗を流したが再び汗をかいた。

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旅館内ではいろんな催しをしている。一座の演劇を観劇する。大きな音響下、スポットライト

を浴び男優が、女優?が着物姿で舞っている。結構沢山の客が入っている。20分余を

観劇して小生は早々に中座。部屋に戻り、暫し缶ビール片手の巷の話題で談笑。

石川県は有数の温泉地、しかし、活気が感じられず、廃館が目に付く。地方が寂れている、

全国的な傾向のようだ。観光シーズンであるのだが。我々が宿泊した温泉ホテルも全国

チェーン店が経営している。この旅館は買収したのであろうか。

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                          物言わぬカメラ写りの良さに唖然とス

2日間の珍プレー、好プレー、舌戦の楽しいテニス練習試合。しかし翌日は1名が腰痛で

脱落。平均年齢は限りなく70に近い67歳余。同クラブBは小生が引っ越し前に永年所属

していたテニスクラブ。今では我が家から車で往復2時間半を要する遠き地となるクラブ、

月に2回前後練習に出向いている。毎土日、祭日が練習日、メンバーは12、3名である。

今回、一番若いメンバーが腰痛で途中棄権、彼以外はみんな元気だ、余計な口もkissmark

帰路の高速走行の道中、皆が所有する携帯機器が一斉に警報を発した。鳥取を震源と

する緊急地震速報メール。小生が所有するガラケー、スマホも一斉に警報を発した。

惚ける最後のプログラムは明後日の自治会コンペ、頑張るぞ。

先日、時折帰りに訪れる元同僚のMさん、先日、多くが参加した会社のOB会があったと

いう。過去の利害関係、上下関係のあった集いより、そのようなしがらみのない身体を

使うスポーツの、レクレーションの、ボランティアの新たな集い、仲間が楽しい、小生には。

後ろを振り返るのではなく、前を向いて歩こう。

明るく、楽しく、元気に。新たなヒューマンネットワークを築いていこうと思うもの。

2016年10月 8日 (土)

栗拾い

初めての栗拾いに行ってきた。園芸ボランティアグループの秋のレクレーション行事。

集まったメンバーは11名。向かった先は高島市のマキノピックランド。我が同乗者は2人。

久し振りに湖西道路をドライブした。久し振りに走った。無料の高速道が整備されている。

主に片側1車線で、途中幾度か一般道も交ざるが、お陰で予定時間より少し早く着いた。

高速道のお陰。10時前にマキノ高原、ピックランドに着、少し時間があり、メタセコイア並

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木道をぶらり。北海道を思わせる落葉樹のメタセコイアが2.4kmに渡って両側に植えら

れている。樹齢35年。日本の百選に選ばれている。高島市に百選が15ヶ所もあるという。

湖西線、高速道を利用して多くの観光客が訪れる。高島市の観光マップを観ていると山麓

の自然環境を利用したスキー場、運動公園、テニス場、高原の、湖岸のキャンプ場、山歩

き、ハイキング、水泳場、それに観光農園と自然の恵み、ふれあいがいっぱい。

今回は旬の栗拾い、栗園の周りには農園がいっぱい。りんご、ぶどう、サクランボ、ブルー

ベリー園、芋掘り、栗園と多くの種類の果樹園が配置されている。栗園の入園料は大人

1600円。桃栗三年、低い木は樹高3m余で既に実が成っている。入園は手ぶら、バッグ

等の持ち込みは禁止。入れ物のネットをもらい、その中に詰めていく。木に実っている栗は

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採取不可、専ら拾うのみ。拾い放題ではなく、1kgお持ち帰り可能。大きな、立派な栗

が沢山落ちている。中小の栗は捨て、ゴルフボールよりすこし大きな栗を選びネットに

入れる。約30分余の栗拾いを楽しむ。どうも潮干狩りのアサリではないが、事前に栗が

撒かれているのではないかと疑うほどに沢山の栗が落ちている。家族連れを含め、多く

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の観光客だ。この栗園の隣には養育中の

栗園が広がっている。1~2年後には開園

するのであろう。栗拾いの後は、当ランド

の栗ご飯弁当を戴く。昼食の後は、再び

百選に選ばれているメタセコイア並木を

2kmほど全員でウォーキング。通りの両脇

にはりんご、サクランボ、ぶどう、栗園と多く

の観光農園がいっぱいあり、とても広い。この農園には大敵が出没する。その主は猿。

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       養育中の栗園                アケビ

ランドに向かう途中の国道沿いで1匹の猿を発見。農園にとっては鳥と猿が厄介者である。

次はランド内にある農産物直売所に立ち寄り、珍しい農産物を買い求める。

小生はまだ食べたことのないアセビを買い求める。サツマイモに大きな干しぶどうも。

こうして3時間余をピックランドで楽しんだ。高島市、滋賀県の北部に位置する農業都市、

自動車道も整備され、市内には湖西線6駅があり、交通の往来に、周遊に便利だ。

里山には集落が点在し、自然環境豊かな地域である。過疎地域であり、若者の移住、

定住促進策に積極的である。

2016年4月24日 (日)

東の京

金曜日、野暮用で出掛けた。JRのEX予約で1週間前に予約。早期予約をしたかったが、

相手のあること、思惑通りには行かない。京都発の列車、座席をネットで予約。

直ぐに携帯メールに予約受付が戻ってくる。とても便利だ。出発直前まで予約変更が可能

だ。京都に向かう在来線の2駅を通過したところで立っている小生に若者が席を譲った。

小生、初めての経験。真面目そうな若者で、その好意に甘えたが内心は複雑・・・。

勇気ある優しい若者よ、貴男の判断基準は少し甘いのではないか、いや、甘いッthink

最近は歳とともにミスが多く、時間に余裕をもって出掛けるようにしている。

新幹線の改札入り口を通過するとゲートが開かない、警報音。新幹線用のEX-IC

カードと在来線のICOCAを重ねてかざして下さいとアドバイスを受け、ゲート開。

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時間があり京都駅の新幹線乗り場でチョット

観察をした。電光掲示板を観ていると最短で

3分間隔で東京に向け発車している。

乗車する車両は4号車、後方車両であり、時間があるからホームの最後部で観察。

車両が定刻にゆっくり入ってきて正確な位置に止まる。車掌は女性、ホームに降り、

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乗降客の安全に細心の注意を払う。16両編成、その長さは約400m。

先頭車両までは十分確認出来ない。ホームが曲がっていたら尚更。

ホーム側と連携して安全を確認してドアを閉め、発車。この長いホームを通過する間は、

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女性車掌は半身を出して安全を確認していた。京都から15分前後で毎週練習している

テニスコートが見えてきた。東京まで2時間15分、とても速い。そして沿線には危険だ

なぁと感じる箇所を所々観察、感じながら。熱海などの沿線は大雨で迫る崖が崩れない

か、大丈夫かと思いながらの危険予知訓練(KYT)。東京に12時過ぎ、定刻着。

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しかし、午後の予定は無い。乗車中に妹が勧める公開中の迎賓館赤坂離宮を観に行こう

と調べたが、当日入場できる定員は1000名。午前各10、11時~とあり、間に合わず、

諦め、山手線で上野恩賜公園に向かうことにした。西郷さんに会うために。

博物館、動物園、美術館などがある文化ゾーン、また、広場では多くの屋台が出、ダンス、

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ミュージックで大きな音響を発している。相変わらず外国人を含むとても多くの人出。

薄日の射す天気。ここでダンス、女性の歌声を聞きながら屋台の軽食。 次に

動物園隣の上野東照宮のぼたん苑を鑑賞。お花に興味があるから。よく手入れされて

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おり、傘の下で綺麗に大きく咲いている。

次は東京国立博物館を観て回った。時間が

無く、本館、東洋館、平成館、法隆寺、宝物

館、表慶館の内、本館のみを観て回る。

2時間近く観ただろうか。勿論、西郷さんに

はお久しぶりと目礼。そうして公園一角の

上野駅公園前で姪と落ち合い夕食に出掛

ける。明日の打ち合わせを兼ねて。明日は姪の野暮用、明後日の雨の午前中も野暮用

で二人で都内を巡る。朝は宿から電車を乗り継ぎ、野暮用の目的地に向かう。看板を

見ながら速い人の流れに合わせて進む、壁を曲がって突如、改札口が現れた。ここで

躊躇、人の流れと抵抗、脇へ逸れる。通過して良いのか、悪いのか確認、通過良し。

東京の路線は多くの鉄道会社が連絡し、移動には便利。関西のICOCAでバスを含め

全て乗車可能。便利だ。午後からは銀座に向かう。東京駅で降り、歩いて久し振りに

銀座を歩く、歩行者天国の銀ブラ。姪の働くOfficeも訪れる。姪の勧めるままに

築地本願寺へ。西本願寺(京都)の別院にあたる。古代インド仏教様式の外観。しばし、

寺院内で休憩。疲れたから。次に隣の築地場外市場をぶらぶら。かなり古い市場だ。

新鮮魚を中心に売っている。隣にある日曜日の広い築地市場、一般者は入れず。

今年11月、豊洲に移転する。そして電車に乗り、二人で帰りの東京駅を目指す。

19:00発の新幹線、まだ2時間以上余裕がある。スマホで帰りの予約列車の変更を

試みる。50分切り上げて18:10発に変更し、1時間以上構内、ホームでぶらぶら。

弁当と肴とbeer を買い込み乗車bullettrain 21時30分余に無事帰宅。

東京中継、経由はあるが都内を訪れたのは4年振り。疲れました。

内密な余談、何時もの失敗談。ホテルの朝食、バイキング形式の食堂。食事中に部屋

の鍵が見当たらない事に気付いた、堂内を探し始める。と、厨房から調理の叔母さんも

捜査に協力してくれた。そして3~4分後、自ら発見。我が胸ポケットconfident 自己嫌悪think

2016年4月10日 (日)

播州の札所

4月に入り、我が身体は頓に忙しい。4日まで与那国、沖縄に旅をし、6、9日はテニスに、

8日はゴルフにと興じ、友と一緒に身体を動かす健康的な過ごし方だ。

今日10日も出掛けた。青春18切符の期限最終日、播州姫路に出掛けた。

目的地は西国33ヶ所の26、27番札所巡り。効率よく巡る為、事前にネットで電車の、

バスの時刻表を調べ出掛けた。8:09のJRに乗り、姫路に着いたのが10:04。

春の訪れで多くの観光客。そのお目当ては駅正面の姫路城。駅前のバス停に向かう。

バスの路線は50前後はあるだろう。お目当てのバス停乗り場に気を取られていると

同輩らしき男性weepと縁ありぶつかった。相手は怒り顔、とっさに先に「スイマセン」の一言。

当たった小生が悪いのか、将又、当たられた人が悪いのか、お互いの不注意ではと。

先ずはバス本数の少ない26番札所法華山一乗寺へ。40分乗り、古寺の一乗寺前に

到着。広くはない境内の長い階段を上り、重要文化財である本尊の聖観世音菩薩像を

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祀る本堂を目指す。本堂前には平安時代に建てられた三重の塔。葉桜や、芽吹きで

新緑が映える。本殿で線香を供え、ロウソクをともし、お札を奉納し、ご本尊前で合掌。

お経を読む勤行次第を終え、納経帳に御朱印を戴く。少ない本数の帰りのバス時刻に

合わせたため50分余の短い滞在時間。

始発の姫路駅に戻り、食事を摂り、13:40のバスで27番札所の書写山圓教寺に向かう。

バス停では2人の若いお嬢さんがタブレットを持って困った様子。中国人だ。バスに乗り

話しかけた。 你们去哪儿啊? 車内で少し中国語のお勉強。北京から来た看護婦さん。

2年間の研修をしているようだ。今日は友達の家へ。どうも我がear機能が衰えそこそこに。

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こうして30分余で書写山着。更にロープウェイで4分余で山上駅へ。圓教寺の境内は

全山が境内で一乗寺とは異なり広大な境内。更に歩いて本殿の摩尼殿を目指す。

山上から摩尼殿近くまでは有料バスも走っている。長い山道を歩き、ようやく摩尼殿着。

ご本尊は六臂如意輪観世音菩薩像。33ヶ所勤行次第に則り、一連のセレモニーを行い、

御朱印を戴く。秘仏である六臂如意輪観世音菩薩像、国指定重要文化財の「四天王像」

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        摩尼殿                   3つの堂

を特別公開、拝顔してきた。本殿は清水寺と同様、釘を1本も用いずに建てられている

立派な木造建築物。境内が広いということは伽藍もとても多く、もらったパンフレットには

ウォーキングマップなる図があり、ゆっくり回るには半日を要する感じ。この圓経寺の

3つの堂(大講堂、常行堂、食堂)では一昨年のNHK大河ドラマ、「軍師官部衛」のロケ

が行われている。「西の比叡山」とも称し、ここは一つの重要な観光地、外人観光客も多い。

全山、木々の芽吹きが始まった新緑初期、薄日の射す天気であるも木漏れ日で、明るく

広い境内を2時間余を巡り、姫路駅に戻りました。駅前を少し徘徊し、姫路始発の電車で

2時間乗車し、帰りました。着いた駅で、暫し久し振りの道草bottle その道草先で、調理場

を眺めながらのカウンターに座り、「この柳葉魚、我が輩に抵抗しているな」と、やんわりと

苦情を言った。3匹が左頭に腹を上にして出て来たから。1人がマニュアル通りにやれよ!

と笑いながら注意した。柳葉魚を寝返りさせてから我が口に放り込みました。

こうした会話を楽しみ、少しいい気分で我が家に無事帰還。

これで西国16ヶ所を巡った事になり、半分の折り返し点。遠方札所から攻略しています。

処で、札所巡りをしていると一寺に一話「西国巡礼慈悲の道」という1枚の法話が頂ける。

下記は27番札所の法話内容の一部。

『世の中は見えるものと見えないものがあります。「見えないもの」の存在を確認すること

が問題です。最も問題なのが「神仏」です。無神論者を得意げに語る人がいます。

観音様のお力を知らない人が多いように思われます。観音様の事については観音経に

説かれ、その最後の処に「慈眼をもって衆生を視たまう 福衆の海は無量なりこの故に

頂礼すべし」と示されています。絶えず常に心に観音様を描き、祈り続けて智慧と慈悲

の心で生活することが大切と考えています。これが「念彼観音力」、観音様と通じ合って

念じる力も益々強くなるでしょう。 又、いろいろな姿にもなって接して下さいます。

私の周りの人が観音様と認識すれば、皆が大切であり、布施の心で接しられます。

そうなれば立派な「在家の観音様」と言えます。』 小生には耳earの痛いお言葉である。

2016年4月 4日 (月)

最西端1人旅4

天気は雨。最終日は朝から雨、強くは無いが、残念だ。ホテルの隣が海洋博公園

公園内の屋内施設の水族館などは雨の影響は無いが、屋外の広い会場、雨は厄介だ。

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チョット様子を観て素通りして行こうと思い、会場駐車場に止めた。入り口には大きく公園

入場は無料とある看板に目が留まった。小降りになり無料会場に入ってみた。

公園内の海水族館などが有料のようだ。9時過ぎで、人影は少ない。一部を観て回った。

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沖縄郷土村とおもろ植物園域を回った、植物園域は足早に回り、郷土村を観に行く。

本部の昭和初期の民家、18~19世紀の王国時代の民家、近年の民家など多くの当時

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の家屋が展示されている。雨が降ったり止んだりとした天気、1時間弱、足早に会場を

観て回る。団体観光客も会場に入ってきた。

今日の次の行動は、沖縄にある多くの米軍基地を観て回る事。先ず、高速終点の

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許田IC~石川ICまで高速で走り、基地のトリイステーションに向かう。

所謂、象の檻と呼ばれている電波を受信するアンテナ施設。しかし、鉄条網の外から覗

いたがそんな大きなアンテナ施設は見当たらない。観察位置を変えようと。

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                近年の民家

そしてコンビニから出てきた男に聞いた。大阪人だが、僕の友達は施設にカメラを向け、

注意されたと助言してくれた。施設周り、正門を車中から観察し、次の近くにある嘉手納

基地に向かう。ここは空軍基地だ。周りは鉄条網に囲まれ、樹木で遮られ、土地の傾斜

もあって容易に基地内の様子を伺うことは出来ない。走行しながらの観察だ。柵の所々

に注意書き掲示板がある。大きな基地であるようだ。次の普天間飛行場に向かう。

ここも同様に走行しながらの観察だ。所々に軍用機ではなく多くの軍用車両が観察でき

る。基地周辺が民家に囲まれ、同基地は撤収され、辺野古に移される予定だ。

位置を変え、観察したが、広い滑走路も確認出来なかった。当然のように長い鉄条網で

囲まれている。基地周辺の状況はなんとなく把握できたが、そして基地の好ロケーション

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よりカメラ撮影をと思ったが、撮影に値する

だけの情報、またその行為が目立つから

億劫になり、諦め、退散することにした。

しかし、沖縄滞在、通算3日の最終日、

初日の首里城での爆音以外、軍用機の

機影や爆音は一度も見て、聞いたことが

無い。思っていた以上に静かだ。何故かsign02 

      沖縄県庁(県庁前駅から)     こうして秘密に包まれた米軍基地を後にし、

レンタカーを1時間早く返却し、ゆいレールに乗り、国際通りで荷物となる土産物を買い、

空港に向かうことにした。17:15分発が10分遅れてANAで大阪空港に向かう。

手荷物検査で引っ掛かった。携帯のQRコードをかざしても発券されないのだ。

職員が動いてくれてOK。小生のチョットしたミス、お許しを。1時間20分のフライト時間。

前ポケットにあるANA雑誌を開けたらスポット照明が突然点灯した。自動、誰がONsign02

どうやら通路サイトに座る小生の右脇下にある座席の操作ボタンを客室乗務員が密か

に押したようだ。何という気配りに感心、おもてなしに感謝。空港を出て食事に向かう。

どうも半袖では寒い。店内で長袖に着替え、食事をし、帰宅したのは21時半過ぎ。

前回の沖縄は中継地で立ち寄っただけ。今回は沖縄を知ることが出来た。思っていた

以上に発展しており、豊かな県という印象。本土の大きな都市、海辺の都市と遜色はない

ようだ。本土から、海外から、多くの観光客が訪れ経済的にも潤っているように感じる。

沖縄における極東最大の米軍基地の運用が、市民生活に及ぼす影響はどのようなもの

かを少しでも感じることも目的の一つ。この間、米軍機飛行による騒音に遭遇しなかった

から想像した以上にとても静かだった。米軍は小生を意識した行動confident 一瞬の時間帯、

基地周辺を車carで回遊しただけではあるが。この状況が日常なのであろうか・・・sign02

尚、象の檻という所謂、冷戦遺物の軍用の巨大アンテナは今は撤去されて無いそうだ。

今回の1人旅、トラブルを含めた内容の自己評価、事故も無く満足度は95点であるthink

  3日目の走行距離116.4km。 全走行距離310.1km

2016年4月 3日 (日)

最西端1人旅3

今日も天気良好。朝食のレストラン、東南アジアからの外国人だ。台湾、ベトナム、中国等

の団体客だろう。起床後、レンタカー店でもらった地図パンフレットを参考に今日の行き先

を決める。先ずは近くにある①「おきなわワールド」へ。次に西原JCT~沖縄南ICで降りて、

うるま市の海中道路を走り、3島群の②伊計大橋から伊計ビーチへ。

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沖縄北IC~宜野座ICを降りて、沖縄県が抵抗する③辺野古移設先を訪れ、今日の宿の

ある本部半島に向かう。8:45出発。10分余で到着した「おきなわワールド」。

先ず多くが向かう順路が鍾乳洞の玉泉洞。多くの外国人客と共に地下深く降りていく。

長さ約900m近くもある長くて大きな日本一の鍾乳洞。なかなか見応えのある鍾乳洞だ。

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そして約30分で地上に生還。地上に出て1時間余が経つもこの間、シャッターチャンス

が無く空白記録。琉球ガラス工房、琉装、窯業等の各種体験が出来、販売もしている。

種々の体験が出来ると同時に商品を販売、マーケットの印象が強い。 だから

印象浅く、シャッターシャッタチャンスが無かったのだ。アトラクションのスーパーエイサー

の実演時間が10:30から始まる。沖縄エイサーを現代風に、ショー風にアレンジし実演。

外国人、春休みで子供連れを含むとても多くの観光客で満席である。このショー上演中

の30分間は撮影は厳しく禁止。ワールドで2時間余を楽しみ次の目的地に向かう。

高速の西原JCT~沖縄南ICへ。ETCレーンから入ると車内のETC警報の間欠警報音が

鳴り出し止まらない。カードの抜き差しを試みるも止まらない。画面に未接続の表示が

出ている。案の定、ETC出口でバーが開かず、誘導案内に従い指定位置へ。

浅瀬の中に伸びる長い海中道路を走り伊計ビーチに向かう。

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      ロードレース大会                  沖縄石油基地

海中道路は片側2車線を閉鎖してうるま市海中ロードレースが開かれ大勢の参加者。

伊計大橋を通り、伊計ビーチへ。海を観ながら走り、次の目的地へ向かう。

今注目を集める辺野古に向かう。沖縄北IC~宜野座IC。ETCレーンに入ろうかと迷うも

未接続の表示が消えている。不安を感じながらETCレーンへ入る、走行可能と表示が

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       浜比嘉大橋                    海中道路

出て通行バーが開いた。入った途端、警報音は鳴らないが、未接続の表示がまた出た。

しかし、今度は通行バーが開き、無事に出られた。動作不安定だ。

着いたこの辺が辺野古だが、どうも静かだ。農作業をする小生と同歳くらいのおじさんに

尋ねる。すると親切に紙に書いて教えるという、恐縮。作業を休憩したいと思っていた所

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だからと。今日は日曜日、活動も静かだそうだ。テント前の抗議活動を警備会社が警備

行動をしているという。そして座り込みを排除しているという。その案内図に従い進行。

まず訪れた1箇所目は小さなテント村。少なく4~5人が居る。カメラを向けにくいが

パチリcamera。次の2箇所目に向かう。直ぐ近くの辺野古米軍キャンプシュワブの正門対面

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                        米軍正門前テント村 

には沢山の青シートのテントが設営され、抗議活動をしている。遠くからパチリcamera

ここに来る直前、帰る警備会社の車とすれ違った。おじさんの話では警備活動勤務は

17時まで。内密な話も教えてくれた。現場に出向き、現状を観て少しでも理解することも

必要だ。名の知れたジャーナリストの中には現状認識が出来ない人がいると。そして、

3箇所目に向かう。辺野古沖の全域が眺望でき、遠景が観られるという地点に向かう。

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                 辺野古沖    

静かで基地工事は中断しているようだ。16時頃辺野古を離れ、本部半島の今日の宿泊先

に向かう。名護市に入ると目に付いたのが道路沿いには多くの花々tulipが咲いている。

赤と白のベゴニアだ。多くのプランターが、並木回りには直植えの多くのベゴニアが。

市内あちこちで目に付く。先の平和祈念公園などでは小生の求めるランタナbudが既に

咲いていた。沖縄は南国故に早い。ガジュマルの見事な大木も目に付く。亜熱帯だから。

こうしてナビに導かれて今日の宿泊ホテルに17時過ぎ到着。処で、沖縄で今日までに

軍用機の爆音を聞いたのは初日の首里城公園内で聞いた1回だけ、目にしたのはゼロ

である。春休み故か、それにしても「わ」「れ」の車の何と多きことか。レンタカーだsign03 

時折見かける「Y」ナンバー(Yankee?)、どうやら駐留米軍人の運転する車のようだ。

海外観光客が運転するレンタカーには、後部にその旨のステッカーが貼ってあった。

2日目の走行距離171.8km。

2016年4月 2日 (土)

最西端1人旅2

今日の天気は上々。旅は一期一会。そして旅はハプニングの連続。困惑のハプニングが

多い。どうしてsign02の自己詰問が多い。どうして失くしたの、何を捜しているのsign02 となる。

マジックだ。持ってきた日焼け止めクリームがまたも行方不明、泥棒sign02

今日の予定は11:50のフライトで沖縄本島に戻り、沖縄南部をレンタカーcarで巡ること。

ひめゆりの塔と平和祈念公園を。ツアーに頼らない1人旅、マイペースで旅が出来るのが

良い。10:50にホテルが送迎車で空港まで送ってくれる。朝食を済ませば2時間ほどの

自由時間が生まれる。昨夜書いたブログ記事のアップロードを試みる。ロビーエリアが

WiFiエリア。どうも上手く繋がらず中止。とその時、同乗した女性が挨拶に、お互い気を

付けて旅を楽しんで下さい、と言うことで別れる。彼女は与那国島で2泊する。

今日は海底景観を船で観に行くという。ホテルロビーでローカル新聞3紙を読み、地域

情報の収集、個性が出ている。そして、12:00に空港着。空港カウンターで受け付け完了。

5店ほど有る小さな空港売店をチェック、1店主と会話。与那国島で現役漁船の写真の

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      多良間島(平地)                  ひめゆりの塔

一覧が掲示してある。現在活動中は35隻。その主要な漁はカジキマグロの1本釣り。

漁船は減ることはあってもこれ以上増えることは無いだろうという。

待合室の椅子前に放置したリュック、その椅子席上にJALカードがある。小生の空港会社

のマイレージカードだ。どうしてここに有るのだsign02 収めたはずだthink 小生が落したのを

見て誰かが親切にここに置いてくれたのかsign02誠に申し訳無い。待合室には作業着姿の

乗客も目立つ。言葉が、日本語がおかしな若者に話しかける。「貴方はベトナム人sign02

的中、2人は少し日本語の話せるベトナム人作業員。日本人親方が同伴する。

11:50フライト、13:10那覇空港に無事着。おっと危ない、降機の際、座席前ポケットに

入れたカメラを忘れるところだった。危ない、危ない。空港内のレンタカー案内の看板を

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捜し、その案内標識に従い移動する。レンタカー送迎エリアに着くと数社の会社が迎えに

来ている。予約済みのレンタカー営業所に着後、順番待ちの手続き。とても利用者が多い、

家族連れが。14:00過ぎにレンタカー営業所を出発。ナビ設定で目指すは平和祈念公園。

そこへ向かう途中に戦争の慰霊碑である「ひめゆりの塔」があり訪れる。小さなエリアで

ある。合掌。次はその近くにある平和祈念公園へ。15:30前、平和祈念公園に着。

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着いてビックリ、何と広大な公園だ。何と立派な公園施設だ。平和の礎エリア、祈念公園

エリアと広大な面積。公園内には平和祈念資料館がある。これまたとても大きく立派な建物。

その館内に入る。しかし、行楽シーズン土曜日であるも人影はまばら。どうも箱物施設に

見えてくる。維持管理費が大変だ、という印象。財団法人化により管理運用されているよう

だ。強く平和を希求する沖縄県の姿が印象的だ。広大な公園内を1時間半余を過ごす。

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                 平和祈念資料館                                                   平和の礎

1972年沖縄開発庁(現在の沖縄振興局)が発足。沖縄の総合的開発事業、産業振興を

目的とする。今まで毎年多額の税金が投入されている。米軍基地の代償の意味もあるもの。

沖縄は予想していた以上に発展し、豊かだ。未だ年間3000億円を超える振興費が投入

されており、豊かな県という印象だ、羨ましい限り。観光立県だ。その守備範囲は広い。

与那国島、石垣島、西表島、宮古島などと散在する大小の離島等も管轄に含まれる。

公園から10分余で今日の宿泊先ホテルに到着、何とナビはゴルフ場へ案内した。

ホテル併設のゴルフ場。夕食は視野の広い眺めの良い席で食事。前方にはゴルフ場の

コースグリーンが広がり、その先には太平洋が広がる。小生の投資レベルは先の与那国

のホテルと同じであるも食事を含むレベルは格段に良。やはり小島の僻地と異なり全ての

条件が整う本島ならではである。 1日目の走行距離22km。

2016年4月 1日 (金)

最西端1人旅1

旅はハプニングが面白い。結構なハプニングもあれば、困惑のハプニングもある。

5時40分起床。部屋の鍵(ICカード)を無くしチェックアウト、申し訳無い。途中、コンビニ

でペットボトル茶を買い込む。ゆいレール県庁駅前を6:15発に乗り、6:30空港着。

手荷物検査場に向かう。多くの乗客。こちらの手違いもあり、最後尾に回り、待ち時間長し。

離陸5分前に乗り込む。買い込んだ未開封のペットボトルは既に行方不明。窓側に着席。

予約した席は丁度翼部にあり、景色を観ることは無理と思っていたら、翼は上方に配置

する双発プロペラ機、下界が見えた。定員39名満席で与那国島に向かう。

ところが離陸前からマナーを忘れた大きな声、騒々しい団体が小生の後方に陣取っている。

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若・中年男6人の中国人だ。不要吵sign03切符が取りにくいこの時期に良く確保が出来た

ものだ。離陸し、水平飛行になると静かになった。彼らの目的はsign02解放軍sign02

そのようにも思える。多くの来日外国人、ここ与那国島も英語、中国語、韓国語の表記で

ある。7:25分離陸し、離陸10分余は多くの島が次から次と見える。慶良間諸島であろう。

小生の隣席は同歳らしき女性。北海道からの1人旅という。切符入手がとても困難だった

と言っていた。9:00に与那国空港着。与那国の天気は曇り。ホテルの送迎バスで宿へ。

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                           お墓群

ホテルのレンタ電動サイクルによる島内周遊も同じ行動となった。ホテルに荷物を置き、

起伏のある島内周遊を開始。初めて電動サイクルに乗ったが適当に楽ちんだ。時計回り

で島を周る。空港、ホテルで手に入れたパンフレットを参考に周っていく。周遊道路は

舗装整備されており、楽だ。3m余の広い歩道もある。人が通行するのでは無く、専ら

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放し飼いの与那国馬や牛だ。歩道の所々は多くの糞でいっぱい。途中、農作業する

老男性と20分ほど雑談。島内には3つの小学校と2つの中学校があると。

貴方の息子さんは跡を継ぐのですかsign02勿論NO。徐々に島内人口は減っていくだろうと。

これといった作物はないが、お茶となる長命草とサトウキビ、牛馬牧畜の牧草である。

県内一のカジキマグロ漁、与那国精糖(黒糖)という会社が一つあった。畜産、農漁業、

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離島振興建設、観光も主要産業かsign02 周っているとあちらこちらに自衛隊監視部隊を

祝うという垂れ幕、幟が目立つ。少ないが反対の意見も。周遊後半に大規模な工事現場

が現れた。遠くからの眺めたが、建設機械、車の出入りが頻繁だ。自衛隊の監視基地で

ある。雑談した男性によると家族も同伴のようだ。島の経済的効果も大きい。

日本最西端の西崎灯台ではベビーカーを押す1人の女性にカメラシャッターcameraを依頼。

日本語が堪能な瀋陽出身の中国人女性。埼玉に住んでいるという。未だ2歳くらいの

男児、日本語も上手く2ヶ国語が理解出来るという。

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ナーマ浜でのんびりと珊瑚片、貝殻を探す。と、大きなフェリーよなぐにが入ってきた。

その久部良漁港へ急ぐ。しばし、観察。野菜、食料品、日用品の段ボール箱のパレットが

多い。小さな建築資材なども出て来た。野菜などの食料品を含め、自給率は低いようだ。

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          これといった作物(長命草、サトウキビ)は少なく、多くが牧草地

途中、昼食を摂り一周した。4~5時間もあれば周れるだろうがゆっくり観て周った。

少し小高い、ロケーションの良い位置から眺めると全島把握が感じられる。

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                自衛隊基地建設

交通量も人も少なく、亜熱帯植物が目に付く南国ののんびりした雰囲気だ。

一周して、時間があるから、再び近くの与那国一の祖納集落を観て回った。小中学校前に

工事を終えようとする真新しい住宅が20戸近くある。自衛隊員家族用の宿舎という。

こうしてホテル出発から、帰着まで7時間余bicycle

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         祖納港                 久部良漁港

夕食時、レストランのマスターから日焼けしましたねと。用意した帽子と日焼けクリーム

を用いるのを忘れたもの。しかし、慣れない自転車、とても疲れました。アップダウンが多く、

またお尻が痛くなり始めました。レストラン夕食では島の経済の一助にと少し多めのお酒を

戴きました。また、あら不思議ではないが、花粉症症状が大きく後退しました。

遠く離れた与那国島、日本最西端ということで訪れた。島民はどのような状況でどのように

日々の生活をしているのかと集落内を観て周った。基地が出来る前は静かな島であった

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だろう。与那国島、石垣島から127km、台湾から111kmに位置する28.9k㎡小さな島。

因みに琵琶湖の面積は670k㎡である。改めて琵琶湖の大きさを見直す。

小生の泊まるホテル、ネットで予約した大きな未だ新しいホテル、宿泊客が多い。

結構、作業服の建設労働者が目に付く。自衛隊基地建設に携わる人達であろう。

1人旅では現地の空気に触れ、ゆっくり回る電動サイクルがお勧め。処で6人の中国人

は何処で何をしているのであろう。明日の予定は12時前に与那国を発ち沖縄へ。