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お出かけ・旅

2016年3月31日 (木)

最西端1人旅

何時も時間ぎりぎりの行動をする小生、今回は少し余裕を持ち早目に出掛けた。

間に合わなければ、待ってくれない、次の航空便は当てにならないから。 案の定、

大阪国際空港行きのリムジンバスがアナウンスした。事故で回り道ルートで運行するから、

通常の倍の時間を要しますという。良かった慌てずに済んだ。

定刻10分遅れで沖縄に向けてフライト。揺れることも無く到着も10分遅れの13:15に

無事那覇空港着。春休みで子供連れの乗客がとても多い。空港内は多くの南国の植物、

花のブーゲンビリア、ランなどが配置され明るく歓迎してくれている。沖縄は2度目の上陸。

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初回は石垣島、八重山諸島旅行の中継地の通過地。今回は沖縄と日本の最西端である

与那国島への1人旅。着いた今日の予定は、首里城と国際通りを観て回ること。

先ず、モノレール、ゆいレールで空港から終着駅の首里駅に向かった。

1日乗車券(¥700)を買って約30分余で到着。30分の乗車中、左右の窓外の景色を

観察。殆どが人工の建物で埋め尽くされている。大都市という印象。

首里駅から歩いて15分余で首里城に着。予想していたよりとても大きな城域。

しかし、そのシンボルである守礼の門は以外と小さく、貧素な印象。多くの観光客が訪れて

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いる。アジアを始めとした外国人がとても多い。場内巡りでスタンプラリーを催している。

小生も参加。24ポイント中、16ポイントを巡った。この一帯は首里公園であり、城は

世界文化遺産に登録されている。現在、一部復元工事中であるも有料域の主要建物の

正殿や書院、庭などを含む広範囲を観て回った。復元工事内容を観ていると多額の資金

が投じられているようだ。首里城を回っていると大きな轟音が天空にとどろいた。

これまで経験したことの無いような大きな轟音。天を仰ぐがその正体は観えない。

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                      王の即位式と訪問使節団(模型) 

どうやら米軍用機であるようだ。約2時間の見学を終え、県庁近くにあるホテルに向かう。

重い荷物のサックをホテルに預け、直ぐに次の目的地である繁華街、国際通りに向かう。

2駅乗って牧志駅で下車し国際通りを歩行。土産物屋を含む沖縄一の繁華街。

色々観て回るもメイン通りを外れ、軌道修正で歩き疲れる。少し暗くなってきた。

酒場bottleを捜し歩く。1~2年前に出来た20店余の小さな店が集まる酒場に辿り着く。

沖縄料理と泡盛に舌鼓。そして相席となった1人から情報を得た。明日向かう与那国島、

ここ最近多くの人の往来で交通も逼迫しているという。28日、自衛隊が配備されたが

その関連で多くの人が往来しているという。明日はJALの琉球エアコミューターで渡島

するが、2ヶ月前のネット予約時点では残2席。元々、定員は少ないのだが。

与那国までのフェリーも週2便往復、所要時間は4時間。

オリオン生ビールに泡盛2杯を呑み、少しキツイ。迷わないようマスターに近くの牧志駅

の方角を聞き、駅に向かう。2駅の県庁前駅で下車。そして正面にある県庁本館に向った。

15階建てのとても立派な庁舎。我が県庁とは格が違う。経済規模が違うからだろうが。

しかし、大きな産業は、観光業、防衛に纏わる経済、国が注ぐ多額の振興費が大きい

ようだ。そして、県庁前の賑やかな通りに気付いた。国際通りの始点でもあるようだ。

国際通りは牧志駅からが便利とあったが、県庁前~牧志間が国際通りであるようだ。

明日の与那国島へのフライトairplaneは早朝7:20、5時50分起床。無事起きられるかsign02

2015年10月23日 (金)

お菓子の匠寿庵

園芸ボランティア行事に参加した。お菓子作りの会社訪問、チョット名の知れた処である。

行き先は大津市大石龍門にある「寿長生の郷」。近くだから機会があれば一度伺いたい

と思っていた処でもある。この大石には大石緑地テニスコートが20面あり、このコートを

時折利用しているが、この大石テニスコートからはとても近い。

創業の地は三井寺近傍。今から30年前にこの地に展開したという。少し奥地に入った

静かな里山にある。今日の集合場所はJR石山駅。天気も良くウォーキングを兼ね、自宅

から最寄りのJR駅まで歩いた。約1時間歩いた。無料のシャトルバスを1日往復8便運行

されており、14:00の送迎バスに乗り込む。瀬田川縁を走って30分余で到着。

この送迎バスを利用する者、直接車で乗り込んだ者、合わせて17名の会員が参加。

バスを降りて先ず案内された処が、お迎え処、受付に当たる茅葺きの古民家。

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            古民家                           長屋門

この建物のみが展開当初から現存する古民家を整備再生したもの。次に長屋門をくぐり

2方庭に面した大きな茶室に案内される。全員がここで出来たての生菓子に抹茶を一服

戴く。次に茶室隣の菓子売り場で生菓子を買い求め、そして戸外の広い園内を観て回る。

63,000坪の丘陵地で営まれているが、その一部範囲を散策。梅林、柚子畑、ミニ水田、

山羊農園、炭焼き釜、池に湿地と山の自然をそのままに生かしている。

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2~3頭の山羊が飼育されている。何のために。雑草対策?肥料作り?癒やし?

山野草の手入れも目立ち、多くの種の山野草が観られ、その山野草が小さなポット苗と

して多く栽培され、売られてもいる。自然の山野にある草木に比し、ここにはとても多くの

種類の草木があるようだ。人手により移植、育成されているのであろう。

この郷内では人間の活動を含め、自然と共生した自家製の原材料の栽培がとても多い。

ここで作られる多くのお菓子はお茶席で用いられる。茶室で用いられる木炭までも生産

しているようで、強いこだわりがあるようだ。各地の店舗先ではお菓子と共にこれら季節

の山野草をアクセントとして用い、和風、癒やし効果を狙った演出をしているのであろう。

出先店舗内の一角は茶室の延長である。 正味の滞在時間は1時間半余と短かった。

この会社の社長と我がクラブの代表は長いお付き合い、懇意の間柄という。

お菓子のお土産も戴きました。 この緑いっぱい、自然いっぱいの環境は小動物を誘い、

働く者にとって安らぎを感じる快適な職場であろう。

17時半頃に最寄り駅に帰着。暫し時間を潰し、18時前に久し振りにbottleで道草し、帰宅。

処で、当園芸ボランティアクラブは、主体作業の花いっぱいの活動以外に、今回の行事

のように緑に纏わる催し、行事企画が多い。会員の相互の親睦を図るために、健康の

ために。 来月7日は京都愛宕山へトレッキング。17、18日は剪定講座である。

2015年7月 9日 (木)

大雪山登山4+α

北海道5日目:

今日の行程である。早朝の知床半島クルージングの後に中標津空港まで車で移動し、

東京羽田空港に舞い降りて、東京駅に移動、その近傍で姪との夕食、そして新幹線で

深夜頃に自宅に戻る算段。長い移動距離であるも交通システムが整った便利な社会。

日本国土がとても狭く感じる。

さて、旅には色々出会いがある。同宿で昨夜風呂で一緒になった男がそのお相手。

彼はコロンビア人。言語はスペイン語という。テレコミユニケーションの仕事をしている

という。お互い片言の英会話でコミユニケーション。通信会社に勤めているようだ。

オーストラリアから来たという。今月22日にコロンビアに帰国。今はホリディで日本

各地を旅しているという。7時からの朝食時、今日の半島観光船は運行されるという

連絡。朝食後、朝8:15からの半島クルージングに向かうことにする。彼も同様、

クルージングに乗ると言っている。宿の主人に説明すると知らない、彼の分は予約

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    エドワルド・ニーニョさんと(待合室)             乗船場近くにあるゴジラ岩

していないという。直ぐに彼と交渉、そして急遽、予約手続きをした。そして二人で

乗船先に出向いた。歩いて5分と掛からない。前日の欠航もあってお客さんは多い。

しかも、天気は最高の快晴sun お客さんは40名前後は乗船しているであろうか。

セーフティジャケットを着け、彼は小生の横に座る。寒いから1枚衣類を+して乗船する

ようにアドバイスがあったが余分な衣類が無くて少し寒い。出港して数分後、珍しい光景

が起きた。我々が乗るクルージング船を猛追してくるではないか。それはイルカsign03

多くのイルカだ。イルカを追っかけているのではなく、20ノット以上の速度ある船を

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イルカの群れが追っかけて来る。1分余り続いたであろうか。何時でも観られる光景

ではないのだ。乗客は歓声を上げる。船の速度が速く、やがて追うのを諦めたようだ。

半島に間近に接近したり、遠のいたりして操船。定置網を避けて運行しているのだ。

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高い所では岩礁の高さは海面上200mもある。

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半島に近づき、岩礁の形状、特徴のガイドの説明を受ける。

エンジン音で聞こえにくいが。時期、季節によっては海辺にヒグマも観られるという。

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自然が、波の浸食で自然が作った岩礁形状、海面を飛ぶ海鳥、断崖、崖の上に止まる

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海鳥、魚を追って海面上に漂う海鳥と自然の営みがいっぱいだ。波しぶきを受けても

彼はベリーグッドと興奮、満足そうだ。小生も大満足だ。半島の1/2辺りまで行った所

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                               次のクルージングを待つ長い列

でUターンして観光クルージングは終わる。このクルージング船の運航、若い社員4~5

名で運行しているようだ。観光シーズンを終えると漁師でもしているのかなsign02

無事クルージングを終えて宿に戻り、ここから二人は別行動。彼はバスで次なる目的地

に向かうも、クルージングの影響でバスに乗り遅れたという。バスの本数は多くは無い。

小生は宿を9:45出発。知床横断道路の国道334号線を走り、羅臼から中標津空港に

13:30頃には着かなければならない。30分ほど走ると知床自然センターの建物が現れ

た。立ち寄る。早々の休憩と何かいい土産物はないかとeye。20分も経たずして、次は

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        羅臼峠から観る羅臼岳                         国後島(奧遠方)

Img_0638知床峠に着いた。眼前に100名山

の一つである羅臼岳と眼下には

固有領土である大きな国後島が

横たわっている。いい眺めである。

また20分ほど走ると熊の湯温泉着。

手には入浴準備をした人が結構往来

する。ちょっと覗くと、野趣味いっぱい。

Img_0640Img_0639     

      橋を渡った先にある天然熊ノ湯温泉

質素な女湯の建物。この建物の奧が男性用

で露天風呂である。西洋人も入っていた。

そして11:10羅臼港に出た。半島の北側のウトロから東側にある羅臼。漁港に立ち

寄る。ここにも巡視船が1隻停泊。カレイ釣りをしている老人にお声掛け。

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この港からは鮭などの養殖稚魚を放流しているという。ロシアはこのほど北方域での

日本漁船の操業を全面禁漁にしたが、放流した魚は北方域にも泳いでいくのだがと。

Img_0645青空の下、緑いっぱいの中をナビの

誘導に従って運転していく。12:45

予定より早く中標津空港レンタカー店

に到着。今日の走行距離は96km。

この2日間で走った距離の合計は

427km。無事に北海道の登山、旅を

終えた感慨、安堵感が湧いてきた。

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         中標津の広大な平野                      喧噪の東京(6Fより)

今回の道内のドライブ、動物との遭遇は一回。1匹のキタキツネが横断しました。

空港で食事を摂り、予定通り、14:35発の飛行機で羽田に定刻に到着。その旨を

東京で働く姪に刻々メールする。品川で乗り換え、ゆっくりと東京駅へ1時間前に着。

待ち合わせは丸の内南口にあるビルの6階レストラン。18:30から二人で久し振り

の美味しい食事。人生のアドバイスも交えて。小生、生中2杯に、焼酎1杯を注ぐbeer

20:30分の新幹線に乗らなければならないから、20:10分には出ようということに。

精算したレシートの印字は20:10。丸の内のビル6FからエレベーターでB1Fへ。

エレベーターが遅く感じる。小生、東京駅は詳しくない。急いでやっと着いた小さな

無人のJR改札口、EX-ICカードで改札を入るもゲートが開かない。インターホンで

問答。反対側の改札口へ回れという。刻々と時間が過ぎ、小生の時間勘から、慌て

モードにスイッチが入る。得意の韋駄天走りとなった。その改札口でEX-ICカード

をかざすもゲートが開かない、駅員に聞く。SUICAかICOCAと一緒にかざせと駅員

が言う。手荷物を持ち、ザックを背負い、駅構内を韋駄天に走り回る。必死だsign01

兎に角、新幹線文字を目当てに広い駅構内を走るrun これはもう駄目だと諦めかける。

多くのアルコールを飲み、ザックを背負って血圧の高い初老の人が必死に走るのだthink

自嘲の薄笑いが自然に出てしまう。新幹線乗り場は八重洲口方面、丸の内とは反対

側、駅を横断していることになる。1ヶ月前に予約した新幹線bullettrainのエキスプレス予約。

I T機器があれば直前でも列車変更が可能だが、そのような時間は無い。間もなく

乗車時刻だと親切にメールが入っている。乗り遅れればチケットは無効。 間一髪

間に合い、2分後に発車。座った指定席前には「駆け込み乗車はやめましょうsign03」 

こうして23時半過ぎに我が家に無事帰着。登山靴の忘れ物から始まった北海道の旅、

諺に「はじめよければ終わりよし」がある。小生、この諺にとても説得力を感じましたconfident

2015年7月 8日 (水)

大雪山登山3+α

北海道4日目:

昨日は時折雨も降り寒かった。路上の気温表示では10℃で風もあり寒かった。

今日は晴れと曇りで天気が良く変わる。8:00宿を出発。今日向かう目的地は屈斜路湖

に摩周湖。そして今日の宿である知床半島付け根のウトロに行き、船による半島観光。

女満別方面の国道243号線を通り屈斜路湖に向かう予定であったが、ナビによる誘導

に任せて沿岸を走ると、昨日もチョット立ち寄った網走港が見えてきた。

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再び向かうことにした。漁船と共に巡視船ゆうばりが停泊している。小生は海沿いを走る

時には必ず港を訪れることにしている。港から20分ほど走ると小清水原生花園に着いた。

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Img_0535立ち寄る。ハマナス(左:ピンク色)など

の花々が咲いている。ここにも多くの

中国人団体観光客。この辺りは網走

国定公園である。20分ほどでここを

後にして海岸道を離れ391号線を

通り屈斜路湖方面に進路を変える。

復路ではこの道を再び通らなければ

ならない。途中にある小清水町の郵便局でマネーを補充。兎に角、直線道路で車、信号

は少なく両サイドは広々とした農場や森林、緑一杯の中を走るから自然とスピードも出て

しまう。1時間余を走った9:50頃、活火山の硫黄山に到着。無数の噴気孔から噴気が

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上がっている。ゆで卵も直ぐに出来る。生卵を持って行くべし。少し寒かった。

ここは阿寒国立公園。次に向かう先はカルデラ湖の屈斜路湖。10分余で屈斜路湖

砂湯に着。大きな湖だが時期早く、少し寒く湖面に観光客はいない。空もどんよりと

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曇っており、ここには観光船も見当たらず殺風景。屈斜路湖周を走って60分余で

摩周湖展望台に到着。このカルデラ湖に出入りする川は一つも無く、透明度は世界

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Img_0559で2番目とある。摩周湖を観ること

が出来るのは高い位置にあるこの

展望台だけ。多くの団体観光客。

湖の中央部に小島カムイシュ島が

見える。時刻は11:30。 ここで

ウトロの知床半島観光船に電話する。

今日の16:30便の運行予定を聞く。

と、今日は気象条件が悪く欠航という。16:30までにウトロに戻る必要は無くなった。

代わりの行程として知床とは更に離れていく阿寒湖に向かうことにした。摩周湖から

峠を越え、農場の中を縫うように1時間半を費やし、走る。自衛隊群も休憩だ。結構、

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            ロール状の牧草(黒塊)

自衛隊車列と遭遇する。訓練中sign02天気は快晴に。13時過ぎに阿寒湖に着。観光船

が発着し、人も多くここは先の2湖に比べ、賑やかな観光地である。土産物店、旅館、

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アイヌ民族文化エリアがあり、アイヌシアター施設もあるが次の講演時間は夕方だ。

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                           アイヌ文化ゾーン(商業エリア)

多くの手作り、多くの木工、木彫り商品を陳列する土産物店が多く並ぶエリアを覗き見、

散策する。建物及び壁面模様、彫刻、陳列商品などアイヌ文化が薫る阿寒湖の観光街

である。  このアイヌ人sign01小生の初めての出会いは小学生の時、講堂壇上で踊りを

披露、鑑賞した時、もう60年近く前である。

14時前に阿寒湖のアイヌコタンを立つ。珍しくコンビニを見付けた。昼は遅いがここで

軽い食事restaurantを調達。来た道を舞い戻る。峠を越え、草原を走る感覚で真っ直ぐな道を

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               借用愛車                           雄阿寒岳

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ドライブ気分で運転する。こうして3時間余で宿に行く途中のオシンコシンの滝に到着。

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 この滝から、約10分足らずで今日のお宿の民宿に無事到着17:30。

到着するなり、明日の知床半島観光船の予約手続きを頼む。少し割安になるのだ。

しかし、小生の考えていた1時間半のコースと異なる観光船とこの宿はタイアップして

いる。仕方なく朝一番の観光船を予約する。巡るコースは同じだが所要1時間である。

朝食時間の朝7時には運行が判明するという。多分、今の気象条件なら大丈夫だろう。

今日一日、満足満足 scissors  今日の走行距離は293km。

2015年7月 7日 (火)

大雪山登山2+α

北海道3日目:

泊まったホテルにも中国人観光客は多い。何れもが家族総出で来ているようだ。

層雲峡のホテルを8:30前にチェックアウト。出掛ける頃になって雨が降りだした。

Img_0502歩いて5分もかからずにバス停に到着。

行き先はJR石北線上川駅。層雲峡

観光は次なる目的地への移動途中の

観光である。ホテルまでの歩行移動、

ホテルから上川駅へのバス車中から

の観光、観察である。柱状節理の岩、

垂直に切り立った岩肌。大岩のブロック

の塊が多く見られ、自然がいっぱい。この一帯は大雪山国立公園エリア。

さて、今日の主たるは網走への移動である。移動と網走市街周辺の観光である。

旭川行きの8:40発のバスに乗車。お客さんは4~5人。上川駅まで途中の乗降客は

なし。直線道路を走り30分余で上川駅に着。9:42分発女満別行きのジーゼル特急

電車、20分余の遅れと言う。1時間近い待ち時間が発生した。10:05分頃に電車が

来た。お客さんは3割前後の乗車率。単線軌道上の森林の中を走る。トンネルを抜け

ると雨は上がり、晴れ時々曇り。35分で白滝駅着。遠軽駅に11:13着。

沿線の樹木の枝打ちが十分ではなく、時折窓に枝葉が当たる。女満別12:30着で

あるが、目指すは予約してある空港近くのレンタカー店。美幌駅に近くなり、車中から

レンタカー店に電話で連絡、確認。西女満別駅で降りる予定であったが、急遽変更

した。美幌駅で普通に乗り換えというも、その普通電車は2時間後にしか来ない。

終点の女満別で降りるか、この美幌で降りるかsign02どちらがレンタカー店に近いsign02

一か八かのエイヤーで発作的に美幌駅で突如降りてしまった。美幌駅の次が西女満別

駅とあったから。降りたのはいいが空港行きのバスは無く、レンタカー店からは迎えに

行けないという。とりあえず美幌で昼食をと考え、市内を少し散策するも飲食店は見当

たらない。タクシーでレンタカー店に向かうことにする。運転手の話では女満別駅から

が空港に最も近いという。こうしてレンタカー空港店着。手続きを終え、北海道ドライブ

の注意点を聞く。スピードに、一時停止に、動物の飛び出し の3点。 手続きを終えて、

店から歩いて空港へ行き、空港レストランで昼食。レンタカー店を13:50出発。しかし、

レバーを Dにシフトするも車が動かない。virgoに聞くとエンジンが掛かってませんconfident

ハイブリッドカーでは無かったのだ。直線道路が長く、信号も車も少なく、広い広野を

走る。道路環境も良くて知らぬ間に80km/hに速度が上がる。抑えて、抑制、抑えて。

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10分も走ると綺麗な広野が見えてきた。メルヘンの丘。網走に近くなるにつれ、風が

強くなってきた。14時過ぎにオホーツク流氷館に着く。台風並みの寒くて強い風だ。

流氷館の展望台から周囲を見渡す。オホーツクの海、網走刑務所が見える。

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         オホーツクの海                     新館が見える刑務所(後方)

20分余ほど展望を楽しむ。主となる流氷館は工事中で閉館中。

次に向かった先は北方民族博物館。館内を音声ガイドプレヤーを付けて観て回った。

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                              魚の皮やアザラシ等の獣皮で作った衣類

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左から入り、床に開いた穴から上る(エスキモー竪穴住居)

北方民族、世界の北方民族の暮らしを対象にしている。日本ではアイヌ民族が対象。

極寒の中で生きる民族、食べる物、着る物が十分でない。住居もままならない。

知恵を絞り、力を合わせて生きていく。これら北方民族の昔の生活を伺い知ること

ができた。約1時間近く見学後、次に向かった先は網走刑務所。

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近代的な建物に建て替えられている。所内を歩いて回り、受刑者の作った作品を販売

する店に行ったが既に閉店。15:30閉店。この網走刑務所周辺の所外には多くの

住居用建物が建っている。受刑者を含め、24時間の看守、刑務所職員等、多くの

公務員が働いているのだろうと。家族を含めると相当数いるだろう。網走市の経済の

一端を支えているのであろう。そして土産物にも刑務所関連のグッズがとても多い。

Img_0521健さんも一役だ。次に向かう先は今日

のお宿。その向かう先途中に網走駅が

あった。立ち寄る事にした。このJR網走駅

の駅名看板、刑務所と同じ木製で縦書き

に書かれている。網走市民の願いが込め

られているという。多くの受刑者は服役刑

を終えて帰るとき、多くはこの駅から帰って

行く。横しまな行動を起こさず、真っ直ぐに生きて欲しいという願いから縦に書かれて

いるという。さて、こうして17時過ぎにお宿に到着。車まで女性職員が傘を持って来て

くれた。しかし、トランクが開かない。運転席にレバーが見当たらず、トランクには鍵穴

が無い。2人で共に何故とチェック。どうなっているのと。トランク開けてみた。開いた。

無線式キーを持っていると開くのだ。チェックイン手続きを済ますと部屋の鍵を渡され、

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コーヒー券も渡された。それは何と777号室。今日は7月7日の七夕だ。小生、フロント

で叫んだ。ラッキー7が5つだとsign03 しかも部屋を8畳から10畳にしましたという。

なんと好感の持てるホテルだろう。部屋に入っても小さな心配り、気配りが感じられる。

おもてなしがとても行き届いているホテルだ。名前を教えてあげよう「かに本陣友愛荘

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      部屋から観た刑務所(川から奧)                       夜 景

友愛と言う文字が付加されている。食事は個室で喫食である。部屋に入り、窓を開け

た。眼下に刑務所全景が見え、高台に位置している。 今日の走行距離38km。

2015年7月 6日 (月)

大雪山登山1+α

北海道2日目:

幸運に恵まれ今日は快晴。予報通りの快晴となった。朝食はホテルで買った即席麺を

部屋で食し、ホテルを6時過ぎに出る。一緒に出てきた4人のパーティ、年輩女性3人に

中年男性1人。登山コースを聞くと小生と同じく縦走という。一緒に同行してもいいですか

とお伺い。余りいい返事が返ってこない。そこで勘が働いた。1人の女性に彼はガイドさん

ですかと尋ねる。的中sign01同行は無理だと判断。歩いて20分も経たずにロープウェイ駅

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に到着。既に多くの登山客がいるが、6:30発の便には乗れそうである。標高1600m、

5合目の姿見駅に6:40分到着。登山計画書を提出。辺りは多くの残雪景色。暫くは

なだらかな整備された登山道を行く。15分も歩くと右手山肌から白煙を上げ、腐卵臭の

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 臭いもしてきた。なるべく早く登頂、縦走を終えたいと先を急ぐ。登山計画書より速い

ペースで登っている。暫くは毎年訪れるという同歳の人と二人で登っていく。色々会話

をし、情報を仕入れる。そんなに難しくないようだが、縦走する人は少ないようだ。

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            噴 気                       後方に姿見駅

この方は旭岳周りの1周コースである。小生が少し遅れだした。休憩を控え、一定の

リズムで登る事に心がける。天気はいいが左側方からの風の吹き付けが相当強い。

そして例年以上に少し登るのがきつく感じる。小休憩も腰を下ろさず、少し立ち止まって

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は登っていく。上に行くほど瓦礫道だ。出発して1時間20分の8:00に8合目に到達。

小生の胸にはカードケースをぶら下げているが、ポイント毎に登山記録をするために。

8:20、9合目通過。そして8:40に旭岳頂上に辿り着いた。少し苦しかったが、予定

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    遠くの峰に金庫岩が見える(7:55)

より1時間早くの頂上到達である。思ってた以上に案外早く登れた。と言うより、

元々余裕を持った登山計画書を作っておいた。計画より早いと気持ちに余裕が

生まれるから。頂上からの眺めは大きく雄大である。天気も良く視界も良好。

15分ほど頂上に滞在、短い滞在であるが、目標とする縦走路を急ぐ。

思ったより順調であるが、9:40分頃から右足の膝上筋肉が少し痛い。

大事にならぬように無理せず登っていく。

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         金庫岩(山頂手前)               旭岳山頂(8:40)

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                              山頂からのView                   

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                       山頂からのView

9:50間宮分岐点に到着。ここから中岳分岐までは1.0kmと標識にある。

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                      山頂東側斜面の高山植物群(キバナシャクナゲ)

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                               東側斜面雪渓を行く(これから向かう先)

10:10中岳分岐に到着。この辺りは人通りが少ない。小生が向かう方面の人影が

殆ど見えない、急ごう。北鎮岳まで1.5km地点とある。10:30中岳通過。

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     雪渓下山通過9:06(アイゼン無し)                間宮岳(9:50)

北鎮分岐に10:45に到着。ここに来ると少し登山客が多くなった。お花見目的の人達

だ。層雲峡側から上ってくる。予定より2時間早くも着いた。予定では北鎮岳を登攀

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                     中岳分岐付近のお花畑

する予定であったが、両足の膝上痛と新しい靴づれ痛で、とても登る気にならないweep

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                  中岳分岐からお鉢平展望台の間で見える広大な旧火口

多くの時間的余裕があるが、痛くて登る気力が失せた。15分ほど休憩、軽食事を

して11:00に黒岳石室に向け出発。11:30お鉢平展望台に到着。

この広大なカルデラ(火口)、今も硫化水素を噴出し、立ち入り禁止区域である。

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        中岳~北鎮分岐間登山道                 北鎮分岐~お鉢平間登山道

この絶景の大きな噴火口を観ながら食事休憩。このお鉢平展望台には多くの人が

いる。反対側の層雲峡から登って来た人達である。20分ほど休んで黒岳石室に向け

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               北鎮岳を右に観て北鎮分岐~お鉢平間にはお花畑が広がる×4

出発。人通りの多い登山道である。このお鉢平から黒岳石室への登山道両脇には

多くの高山植物が茂っており、層雲峡方面からの登山客も多いようだ。黒岳石室に

予定より2時間早く12:30分に到着。

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         お鉢平(11:30)                        黒岳石室(12:30)

北鎮岳往復所要時間を50分みていたが、省略した為、多くの余裕時間が生まれた

もの。ここまで来ると安心だ。石室で15分休憩し、黒岳に向かう。膝上痛は治まって

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         北鎮岳

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               北鎮岳を右に見て下山、お鉢平~黒岳石室間に広がるお花畑×6

きたが靴づれ痛で両足首上部がとても痛い。苦痛だ。黒岳山頂13:10到着、10分後

に出発して7合目のリフト乗り場へと急ぐ。この道は周りに樹木が生い茂り、高山植物も

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          黒岳頂上(13:10)                        下山道

多い。歩きにくい登山道を下る。黒岳以降の下山道で台湾からの家族と時折会話を

交えて歩く。1ヶ月の予定で2家族が連れ沿って日本を旅しているという。

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                  黒岳~八合目間に咲く高山植物×5

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Img_0497_2ご主人の仕事を伺うと大学教授という。

小生のチョットした中国語の学習タイム。

多くの下山客で賑わっており、人が多く

て安心できる下山道だ。14:10に

7合目のリフト乗り場到着。予定より

2時間早い。脚痛による北鎮岳往復を断念

した為、1時間の余裕が生まれている。

リフト乗り場で無事下山の記帳をする。こうして下界の層雲峡には15:00前に到着。

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       下山リフト(黒岳7合目)               リフトアップしてくる人(15:00前)

目指すホテルはsign02 スマホのGPS地図とコンパスを頼りに15:30ホテル到着。

Img_0501リフト後はロープウェイ(下界は層雲峡温泉)

早速、温泉に入り、疲れを癒やし、

荷物となる登山用具を宅急便で

自宅へ託送する手配をする。

求めた達成感、満足感もあって

夕食はとても美味しく戴きましたbeer confident

靴を脱ぐと左右の足のくるぶし上部

20150706_180510_2の皮膚は靴づれで痛々しく、真っ赤

に変色していましたweep

補足)

1.大雪山と言う山名は無く、大雪山系で

ある。その山系の中の一番高い山が旭岳。

2.旭岳登山計画書.pdf

2015年7月 5日 (日)

大雪山登山+α

北海道初日:

我が家を6:00に発射。早朝一番のバスに乗り込む。大阪空港9:00発の飛行機に乗る

為に。今日は天気が悪く雨。荷物は登山靴の入った手提げ袋1つと背に負う33リットル

容量の新ザックで始発バスに乗り込む。2人かけの席に2つの荷物を横に置き、座る。

JR駅に到着。6:37発の電車をホームで待つ。と、ここで、あれっsign02

手には荷物が無いではないか。ウヮッsign03バスに手荷物を忘れたッ。所謂、老化ボケ病。

またしても大事なときに発症した。電車が7~8分後に来る。即、ホーム階段を駆け上が

り、改札をすり抜け、駅バス停を見回す。しかし、バスは1台も見当たらない。荷物が、

登山靴が無くなった。大事な荷物がweep 気落ちして電車に乗り込む。自己嫌悪の惨め。

即メールで老婆(ラオポ)に連絡。遺失物状況を説明し、バス会社に捜索手配を依頼する。

見つかったところでどうすることも出来ないのだが・・・。電車に乗車後、1時間余経過した

空港行きのバス移動中に忘れ物が見つかったという連絡が入った。

こうして朝一から大トラブルに遭遇、大きくつまずいた。これは登山は止めよという合図、

お達しなのかsign02 こうして8:00に空港到着。手荷物検査場に直行。携帯のQRコードを

かざすと搭乗券が発行された。しかし、手荷物検査で引っかかった。1本のストックが長さ

制限550mmをオーバーし、機内持ち込み不可。暫し時間があるため、朝食を摂るrestaurant

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            雨の羽田空港                 北海道の山並み

曇りの大阪空港9:00発、正味飛行時間40分余で経由地の雨の羽田空港に到着。

羽田空港には初めて降り立った。結構大きな飛行場。80分余の乗り継ぎ時間を経て

旭川空港に予定通り12:50着。天気は曇り時々晴れ。空港到着後、今日の目的地の

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旭山動物園に向かわなければならない。移動交通手段はタクシーcar 旭川空港から

旭山動物園を結ぶ線上にある最寄りのスポーツ店に向かうよう運転手に要望。

登山用品をメインに扱う店に到着。タクシーを待たせ、余分な2足目の靴選び。同時に

登山情報も入手。新しい靴による靴づれ発生を覚悟しなければならない。登山靴shoe

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買い求め、待たせたタクシーに乗り込み、一時話題となった旭山動物園に向かう。

車中で質問、この辺の人口は増えていますかとsign02 減っているという。やはり。

少し時間ロスが発生した。こうして13:50に動物園正面入口に着。車中でいろいろ話し

ていると正面入り口の対面にある東出口で待っています、と運転手が言う。動物園見物

後は東川道草館バス停に移動し、16:14分発の旭岳温泉行きのバスに乗らなければ

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ならない。東口15:40分で待ち合わせとする。小生を降ろすと小生のザックを積んだ

ままタクシーは走り去った。履きならすために新しく買った登山靴に履き替えて2時間

近く、動物園内を回る。 今日は日曜日、園内は多くの家族連れ、子供連れで賑わって

いる。丘陵地に設けられた動物園、他の動物園にはない視点、アイデアで考えたユニーク

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な施設、構造、手作りの仕掛け、その日の新鮮情報を記した手書きの案内板も各所に

掲げられている。アザラシ、ペンギンなどの動きを面白く観察できた。白熊館は待人の列

で敬遠、キリンなども時間が無くパスし、東口に向かう。タクシーに携帯で連絡をとり、迎え

の時間を再確認する。こうして余裕をもってタクシーに早目に乗り、道草館バス停に到着。

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車中は数人の登山客、50分足らずバスに乗り、17:00に旭岳温泉バス停に到着。

降りたバス停前のホテルが今夜の宿であった。早速、明朝の確認交渉をする。

朝食は7:00から。6:00過ぎ出発予定だから代わりに握り飯を要望するも対応不可と

の返事。困った。昼食も握り飯を考えていたがこれも不可。長野の登山では可能であった

のだが。朝飯代わりに間もなく入荷するというパンを代替え品とした。大事な明日の天気、

昨夜の予報では晴れ時々曇りである。

2015年7月 4日 (土)

発射打ち上げ計画

2年ほど前から今年は登ろう、登らなければと思いながらも行動に移せなかった

北海道登山。今年はその卵を割ることにした。新たな達成感、満足感を求めてsign03

年々我が身体の条件が厳しくなっていくから、今夏に発射打ち上げを行うと決心。

事前に登山+旅ルートの3案を考え、1つのルートに絞り込んだ。 ターゲットは、日本

100名山の大雪山登山であり、舞い降りる、舞い上がる飛行場選定がポイントとなる。

先ず行動に移す為、航空チケット、宿の予約を開始。目標とする単独打ち上げ発射の

45日~60日前の予約である。往復の航空チケットが予約確保時点で打ち上げ日が

決定した。その日は7月5日となった。そうして登山計画、旅のルートを検討して4つの

ホテル、民宿を予約した。便利な世の中、全てが机上のパソコンで済ますことが出来る。

ただ、1名の宿泊となると宿泊対象ホテルは少なくなって行く。基本宿泊単位は2名で

あるから。次にレンタカーの予約を完了。丸2日、レンタカーの利用計画である。

こうして旅の行動基本となる予約は一部を残し完了した。そして打ち上げ帰還日1ヶ月

前には東京発の新幹線を予約。新幹線の予約は1ヶ月前からしか受付けない。

航空機も新幹線も予約時において座席指定が可能であり、全て窓側の席を予約。

こうして一応の予約は完了した。そうして発射間近の10日余前になった時点で種々の

登山情報をネットで調べ、入手。調べるほどに問題点が出てきた。登山装備である。

目指す山は北海道で一番高い大雪山2291m。北海道の山は本州の山+1000mで

考えよという。新たに装備を買い求めた。先ずは寒さ対策の衣類のフリース、残雪踏破

の軽アイゼン、手袋、食料品、そして大きめのザックも新たに購入した。

軽アイゼンは適当なものが無くネット通販で注文。そして発射1週間前には我が家の庭

に美しく咲く花の水遣り当番を探さなければならない。時折、ウォーキングの帰りに立ち

寄る元同僚に頼むことにした。1周間前になると大雪山のある地方の天気予報が気に

なり始める。2~3日前になると当日の天気は「晴れ時々曇り」と確度の高い予報が出て

いる。ラッキーだ。登山を強行せよというシグナルのようだ。

ただ、現地の天候次第ではエスケープルートも事前に考慮。自らは未だ若いと何時まで

も思うも、既に初老を過ぎた身、無理はできず、周りに迷惑は掛けられない。

エスケープルートはピストンルートである。天気が良ければ旭岳温泉~大雪山~層雲峡

温泉の縦走ルート、悪ければ旭岳温泉~大雪山~旭岳温泉の往復ルートである。

この場合、下山した旭岳温泉から公共交通機関を利用して層雲峡まで移動である。

ただ、出発日が近づくもどうも出掛ける意欲が高まらない。それは単独登山であり、怪我

等のもしもの不安が頭の中を横切るから。であるから大雪山を無事に登頂通過できれば

旅の大きな山を越えたことになる。

以下は今回の大雪山登山、旅の計画書である。

 *2015大雪山登山+α計画.pdf

2015年6月21日 (日)

外国人と京都

梅雨の京都に行ってきた。老婆(ラオポ)が小生に積極勧誘。当初の目的地は2つ。

小生は久し振りに訪れる西国33ヶ所16番札所の清水寺。老婆は清水寺近傍に

ある霊山歴史館。今開催されている催しは「松陰をめぐる人びと」。NHK大河ドラマ

の「花燃ゆ」に合わせたもの。天気が心配であったが前夜に決定。

京都駅11:00待ち合わせ。先着故、JR京都駅中央口の2階から下を眺め、老婆

を探す。少し傾き、帽子を被っているであろう女性を探す。発見、口に被っている。

マスクを。何故sign02目的外、外すように促す。市バス1日券で先ずは清水寺に向かう。

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多くの人出。混雑したバスに乗り、乗降があって車内を移動。すると乗客の1人が、

小生より年輩とおぼしき男性が親切に老婆(ラオポ)に席を譲ると立ち上がる。老婆、

丁重に断る。暫くして今度は年輩の女性が老婆に席を譲る。老婆またも丁重に断る。

小生に譲ったのではない。老婆(ラオポ)に譲ったのである。これは何を意味するsign02

清水道で下車し、清水坂を通り三重の塔、本堂へと向かうのであるが、外国人が

多い。西洋人よりアジア人が。浴衣姿の女性が多い。日本人女性もいるが多くの

外国人女性も浴衣姿、着物を着ているようだ。レンタル着物sign02買い求めたものsign02

若い男性の浴衣姿も目に付く。今日は日曜日、まだ拝観料が割り引きなのかな。

清水寺は外国人、修学旅行生、33ヶ所巡礼団体などと多くの人出。親子3人連れ

の30歳くらいの中国人に話しかけた。北京から2日前に来たという。日本を楽しん

でくださいと言っておいた。本堂に入り、線香を供え、ロウソクを灯し、お札を納め、

巡礼団体に混じり一緒にお経を唱える。そして納経帳に御朱印を戴く。

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陽が射して来たが、清水の舞台からの眺めはいいものだ。20年以上訪れていない。

13時半だが食事は未だ。この界隈、産寧坂、二年坂を歩き、空腹で疲れてきた。

戸外の席で熱い豆腐饅頭を食する。そして隣席に座った多くの家族連れの中国人

に再び話しかけた。上海から来たという。日本ではいかがですかsign02あちこち観て、

楽しんでいるという。小生の暫しの中国語のお勉強タイム。中国、韓国、台湾、タイ、

シンガポールなどからが多いのだろう。次なる行き先は霊山歴史館と六波羅蜜寺。

隣に高台寺があり、清水寺から20分余で護国神社隣の霊山歴史館に着く。

ここら辺りに外国人はいない、人出もまばら。館内を1時間余を掛けゆっくり観て回る。

幕末維新に激しく生きた20代、30代の若者が紹介されている。龍馬に、松陰に、

玄瑞に、晋作に、小五郎・・・等々。龍馬を切った刀、龍馬等身大の172cmシリコン

人形。これら志士の直筆の文も数多く陳列されている。池田屋、近江屋事件の殺傷

現場が小さな模型で生々しく展示されている。この歴史館の創設者は松下幸之助。

次はチョット歩いて予定外の17番札所の六波羅蜜寺へ。ここでも巡礼儀式を行い、

御朱印を戴く。バスにチョット乗り、四条に向かう。T百貨店を観て回り、いつもの

夕食先へbeer 帰りのJR電車、又も老婆(ラオポ)に若い女性virgoが席を譲った。

それに応えて苦笑の着席。小生の方が若く見えるのだ。3月に手術をし、老婆の顔

のシワも1本増weep 10歳以上若い新人virgo 今何処に居る。次ハ~乗り換えッbus 

今回、通信機能のないipadを初めて持参。GPS機能で地図上の現在位置を確認。

2015年5月24日 (日)

同窓会の旅

大学社会人入試卒業生による1泊2日の旅に行ってきた。行き先は石川県能登半島。

毎年行われる催しではないが、小生、初めて同旅行に参加した。今回、同県出身の

卒業生、辰川さんの勧めで企画した行事のようだ。昨年10月、同同窓会が京都で行わ

れ、席上、彼から個人的にも聞いていたので必ず行くと約束しておいた。 当時、既に

日にちも決まっていたので我が計画に入れておいた。彼は石川県加賀市出身の由緒

ある家柄の出身。今回、この事を初めて知った。1300年前から続く地元祭りの御願

神事(ごんがんしんじ)、毎年2月10日に大聖寺の管生神社で行われる竹割り神事

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ある。この祭りでは代々辰川家が忌火司としてのお役目を担当。昔ながらの火打ち石で

採火して祭りの開始となる。この地方では有名な奇祭であるようで地方のテレビ放送で

何時も放送されているようだ。移動中のマイクロバスの大画面でその祭りの様子を録画

で見せてもらった。処で彼は小生と同じ歳、大学では1年先輩。彼の学ぶ意欲は凄かっ

た。出身地は福井県境の石川県加賀市大聖寺、ここから4年間、高速道を走り、大学の

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ある草津キャンパスまで通学した。この通学通過地帯は冬期は雪が多く降る地域、

難所もあったが、兎に角、4年間通った。最寄りのIC間の距離は約190Km、所要

時間4時間前後を要する車による長時間通学である。時に一般道も走るも通学費用は

馬鹿にならない。 さて、今回は京都駅八条口から出発、参加した最高齢者は79歳、

若年者は37歳の計17名。天気も良く、順調に旅行が出来た。向かった先の能登半島、

千里浜、巌門、総持寺、千枚田、珠洲塩田、禄剛崎(半島最先端)、見附島(軍艦島)を

訪れた。夜8時頃には、東京から北陸新幹線で教授1名も駆け付け合流。夕食後には

宿泊した民宿の近くで御陣乗太鼓ショーを見学、翌朝の日曜日は輪島朝市に出掛けた。

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トラブルも無く順調な旅工程。ただ、昼食を摂ったレストラン、我ら団体客に対応できず

注文から40~50分の時間待ち、この分、予定が1時間余ズレ、京都帰着は19時半。

千里浜では深みにはまり、脱出困難な車を救出。救出後に気付いたのは何と滋賀県

ナンバーの車。朝市では結構多くのお客さん、新幹線開通の影響の有無は解らないが、

交通動脈開通の影響はこの地方の活性化に貢献するであろうと。石川県には有名な

温泉が多くある。山代、片山津、粟津温泉などが。しかし、客離れで酷く寂れて来ている

と彼は言っていた。開通で関東方面から1泊2日の温泉旅も十分可能となる。千客万来、

温泉地の賑わいを取り戻して欲しいと思うもの。旅の土産として参加者全員に竹箸を

戴いた。先の御願神事の竹割り神事で割った青竹を箸に加工したもの。この箸は身体

健康、病気平癒、虫歯予防になるという謂われがあるそうだ。