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2016年9月12日 (月)

めぐり合わせ

ピンポ~ンと来客モニターが鳴った。小さな液晶画面を覗くと時折訪れる見馴れたお顔、

年老いたおじさんである。ニコニコしながら優しく話しかける。こちらもつられて気を許す。

表に出て行っても良かったが、小さなモニター越しに2~3分話をした。積極的に朝起会

への参加を勧める。この前の会報を読んで戴きましたか?冒頭の某教授の記事を読み

ました。どうでしたか?マジョリティとマイノリティの内容で良い記事でした。

そうですか、じゃ、また会報を投函しておきますね、といって投函した。朝起会に来てくだ

さいよ、と催促される。良く存じています、我が父も地域の朝起会に時折参加しておりま

したので。親爺は実妹からの勧めもあって、時折参加していた。親爺は小生と違い朝型

人間。じゃ、参加して下さいよと。朝4時半から某会場で催していますという。

会場まで車で30分以上は要するだろう。私は朝8時に起きてますから朝4時半はとても

無理ですょと断った。よかったら来て下さい、参加して下さい、と言って立ち去った。

人当たりの良いいつものおじさん。何がしかの良いめぐり合わせを運んでいるのかも

知れない、おじさんなのだ。早速、投函された会報を取りに行く。倫理雑誌である。

小生も現役の頃、この種の倫理雑誌の購読を会社の勧めもあり購読していた。

が、余り読まなかった。発行主体は会社の系列出版社が発行しており、社員教育の一環

で、陰では松下教と呼ばれていた。

前回戴いた会報は6月号、今回戴いた会報は10月号である。めくって冒頭の記事を見る

と、”「楢山節考」に見る老いの理想像”というタイトルとなっている。

これは古い短編小説の「楢山節考」であり、映画化されヒットしたとある。時代は明確では

無いが、江戸後期から明治初期ではなかろうかという。棄老伝説を題材にしたもので70

歳の老齢になると食糧の絶対不足から老人は山に棄てられるのである。即ち死である。

その内容はこのくらいにして、毎号、冒頭には会長の記事も載っている。 今回は、

”前に進む「仕合わせ」” の題となっている。この仕合わせ、は、幸せと同じであり、辞書に

は、めぐり合わせが良いこと、とあって意味に違いはありませんと。そうして

オリンピックの金メダリスト選手の発言、体験例を引き合いに出して性質の異なるシアワセ

体験で実践倫理を説明している。その詳しい内容は省略するとして、

小生は、この「しあわせ」の辞書の説明に引っ掛かった、「めぐり合わせが良いこと」に。

めぐり合わせを辞書で引くと、人の意志とは関わりなく巡ってくる運命 とある。

と言うことは、小生はめぐり合わせが悪いと思うもの。めぐり合わせだ。

特に女運のめぐり合わせが悪いのだと。誤って自ら悪いくじを引いてしまうのだ。

だから、今後暫し、あまり女には深入りしない方が良さそうだ、めぐり合わせが悪いから。

時間はないが、めぐり合わせが良くなるまで待つのが良さそうだ。時間がない、没有時間。

鳴くまで待とう・・・・ではないが、寝て果報を待つとしよう。しかし、以前から待っている

のだが・・・・・。時間がない、没有時間。時間がなければ、あの世で待つしかない。

小生の性格からか、めぐり合わせが悪くとも、全く悲壮感はない。考え方一つだ。

人生に勝ち負けは無く、あるがままに・・・・・我が人生。

2016年7月16日 (土)

家運益々

隆盛といきたいところだが、全く逆だ。小生の家運、衰退に向かっている。この不幸な状況

に抗うのではなく、教えに従うまでもなくその波に沿って毎日何とかこのン十年生きている。

衰退の波に移ったのは人生の一大イベント、配偶者の選択ミスが発端。相手が苦労して

いる、と同情し、見誤ったのが衰退に向かった源。苦労では無く、実は大問題ありであった

のだが、見誤った、小生の痛恨極みのミス。この間には、神は小生に一隅の大チャンスを

与えてくれたが、それに背いた、勇気が無かったのだ。小生とは逆の立場の人も沢山いる。

互いに良き伴侶を得て、隆盛の道を進む者もいる。素直に神のお告げ、沙汰を、掟を受け

入れた者が自然の流れに逆らわず、沿って進んでいると思うもの。

幸せというのは案外直ぐ近くにあるもので、そのチャンスを手にするか否かで進む道が

大きく別れる。我が人生の一大イベント迄は、家族4人の家庭は幸運の波に乗っていた。

良くお袋が言っていたが、家族の1人が心身、健康面で悪くなれば、歯車が狂い、こうは

順調には行かない。家族4人が健康であったからこそであると。健康に勝る幸せは無い。

個々の家庭に家運隆盛、衰退があるように、企業、国家も隆盛、衰退を繰り返している。

それを演じる主役は人だ。小生が永年働いた日本の家電メーカーの衰退が、変化が激しい。

発展途上国の追い上げ、生産コスト、価格競争に敗れて立ちゆかなくなっている。

人である経営者が優れていれば、先見の明があれば、傷は浅くて済んだであろうが、

世の中の大きな波動に抗すことは出来ないようだ。

国家の日本も数年前、国難を経験している。500年か、1000年に一度の東日本大震災、

原子力発電所の最悪のメルトダウン事故。この国難に合せるかのようにこの時の日本の

政府は最悪であった。この国難、被害を大きくしたのは人、時の政治であったと思うもの。

この当時の政権を国民が継続していたら日本は衰退していったであろうと今の政権と比

べて思うもの。アジアでは完全に中国に主導権を奪われていたであろうと。

トップの力量の重要性を改めて感じたもの。

昨日のトルコの突然のクーデターに驚き、英国の国論真っ二つも驚く。フランスのテロ事件

にも驚き、バングデッシュでは多くの日本人が犠牲になった。全ては人が起こした営み、

行動。このように社会には多くのリスクが潜む。日本では2013年度の窃盗の認知件数が、

57,891件。年輩小生も毎日のように車を運転するが、高齢化社会、当然周りのドライ

バーも高齢者が多い。窃盗や車社会等々、いつ我が身に、家族に危害が及ぶかも知れ

ないリスク多き社会。危害を受ければ、平和な家庭生活も支障を受ける。大黒柱が支障

を受ければ幸せ、家運隆盛は止まる。世界の平和同様、家庭の平穏もなかなか続くもの

では無い。長いスパンで観れば国家も個人も隆盛衰退のサイクルを繰り返している。

歴史がいろいろ教えてくれているが・・・・・。

この歳になり、人生を振り返って思うもの。ガンバロウ日本ではないが、人間、挫けても

立ち上がり、再び幸せを追い求めるもの。 我没有时间sign01あの世mistで追い求めようconfident

*関連ブログ 2013.3.28  機会の窓

2016年6月25日 (土)

世の動きと感性

日本は2011年に歴史的な大震災、東日本大地震、今年は熊本地震と大きく土台、

国土を揺さぶられ、自然災害の国難が多い。

今朝の朝刊一面、大きな文字で、”英、EU離脱へ”と、載った。国論が真っ二つ、

残留やや優勢の予想が外れ、紙面では今後の世界経済への悪影響に懸念が及ぶ。

今回の英国の離脱、2008年のリーマンショックをしのぐかも知れないとある。

先の先進7ヶ国会議の後、安倍総理は消費税の先送りを表明した。今回の英国の結果を

予想していたわけでは無いだろうが、国内経済の力不足を肌で感じ取り、経済学者など

の意見を参考に自ら慎重に判断したものだが、正に大正解であった。

予定通り上げると言っていたら、総理の信頼性は大きく低下することになっただろう、と

思うもの。後から起こった今回の英国の動きからしても尚更だ。

小生、詳しいことは解らないが、今回の英国のEUからの離脱で世界が動きそうだ。

世界に大きな変化が起きそうだ。歓迎すべきでない、良くない変化が起きそうだ。

地震は地下のプレートの僅かな動きが永年積もって地下に歪みが溜まり、その溜まった

エネルギーを一気に放出する運動。今回の英国民の行動と良く似ているように思えて

ならない。英国民の気高きアイデンティティーと日々の生活実感から小さな変化を感じ、

その変化を耐え忍び、その忍び蓄積していた不満が一気に爆発したようだ。

リスクある大きな変化を選んだのだが、これから世界に大きな波乱が起きそうだ。

小生、この動きの根底は、どうも短絡的に資本主義の限界と結びつけてしまうのである。
       (同ブログ:2015年1月16日記事   資本主義の行き詰まり)

市場には大量のお金が溢れる。それに実物経済が追いつかない、実物市場の成長限界。

この大地震、今後大きな余震を伴い、新たな震源地が生まれ、地震が続発するのだろうか。

EU域内では英国はドイツに次ぐ経済規模。世界規模で津波が広がるだろうと思うもの。

巷の情報と小生の狭い視野、知識からしての感性による感触である。 さて、この感性、

辞書には、物事を心に深く感じ取る働き。感受性とある。英語ではSensitivity。

一人一人が持っている感性。自ら感じ取る感性によって人は判断し、行動している。

どう言うファッションを纏えば自分らしさを表現できるかといろいろ思案する。いろいろ思案

する人もいれば、全く無関心な人もいる。ファッションは無関心でも、料理に強く興味、

関心を寄せる人もいる。反対に無関心な人もいる。感性、関心は人それぞれ。

世の中、多様な価値を、能力を持つ人、個性で構成されている。だから、面白いのだ。

みんな同じ、画一的ではつまらない。美人もおればその反対の人もいる。みんな美人は

あり得ない。夫婦でも面白いものだ。結構、性格が反対の夫婦が上手くいっているように

思えるもの。同じだったら喧嘩が増える?気が短い人に気が長い人、喧嘩にならない。

小生の両親、性格も能力も異なった、だから上手くいく。小生も人の子、お袋と似ている

点が多い。妹は親爺に似ている。お袋は庭に花を植える。小生も花に興味がある。

そこで時折小さな衝突。家計、経済は親爺、お袋は無関心。親爺は目が粗く、開口部が

大きなザル。お金も入るが、その価値を半分にして漏れていく。

その価値を少しでも保とうとする、保つのがお袋。補完関係、上手く成り立っている。

この夫婦、教師夫婦。同じ仕事で教師と言えば抜かりのない夫婦と思うもの。が、しかし、

同じ職業同士だから、よく見える反面、時に2人が見えない、気付かない事も起こりえる

らしい。やはり職業、性格の異なる補完関係の夫婦が良い組み合わせ、と思ったりも。

夫婦2人、2つの脳と4つの眼と4つの耳を持っている。1脳2眼2耳の一体化となるか、

それとも2脳4眼4耳となるのか。それには、孤立化ではなく、特定の人との交わりでは

なく、時に、いろいろな人と多く交わることも必要だ。ストレスが増えるが、自分自身を

見つめるためにも、世間を知るためにも。 小生の思い出観察でした。

2016年2月19日 (金)

高齢化と地方創生

我々の仲間と言っていいのか小生は、その老人の虐待事件が相次いでいる。悲しいことに。

これから今後、予備軍である我々塊世代が大挙して他人様のお世話になろうとしている。

処で、小生には難しい昨日の中国語、

    哎呀!好可爱!          わぁ、すごく可愛いネ

    眼睛大大的,嘴唇红红的    目がバッチリで、唇が紅くて

    脸蛋儿胖乎乎的          ほっぺがプクプクだ

    让我抱一抱吧                    チョット抱っこさせて

人間も動物も生まれたばかりの赤ちゃんは誰もが心底とても可愛いく思うものだ。

この世に生まれ、愛情たっぷりに育てられスクスク育っていく。その小児、児童の成長はとても速い。

そして、速い時間の経過にビックリする。小生などは、もう一年が過ぎたsign02

この子供の成長に押されるようにして我々先輩世代はあの世へと近付いていく。生まれた順番に。

川崎市の有料老人ホームで起きた3人の入居老人を4階ベランダから投げ落とした。

何と残酷だ。同僚はうすうす犯人に気付いていたというが、彼の主な業務は老人の排泄介助や

おむつの交換という。なかなか若者には出来ない大変な仕事である。老人介護で一番嫌う

大変な仕事である。人間の排泄処理は臭いもあってとても厄介。この仕事の業務の軽減の

ための機械化も試験的に試みられている。防臭しながら温水洗浄、乾燥という一連のサイクル、

布団上の寝た状態でこれらの機械化処理、とても大がかりでなかなか困難だ。

この排泄という臭いのある生理処理が人間の一番の厄介もの、この排泄処理という作業が

無ければ現場の介護者は少し楽だ。このような介護職に就いている職員の仕事はとても尊い。

さて、先日のNHK放送。国が進める地方創生の柱、日本版CCRCの問題点を指摘していた。

上手く機能しないのではと。CCRCとは米国の「継続的なケアを受けられる高齢者の地域共同

体」の略。高齢者の住む街、終の住処という。アメリカ版は日本と違い、その対象者は富裕者層

地方に病院、介護施設、飲食店、スポーツ施設などに莫大な投資で造る街はエリア型。

都会の高齢者を地方に移住させ、地域の活性化を目論む。

しかし、調査では東京在住の60代の男性64%、女性72%が移住の考えは無いという。

20年前、先進的に福岡県朝倉市で行われたこのセカンドステージ構想、しかし、実施10年後

には破綻したという。原因は移住してきた人数が計画の2割ほど、投資も中断し、構想は頓挫。

一方の新潟県南魚沼市では行政が土地を確保し、期待を掛けて、国が勧めるCCRC構想を

推進、街の活性化、地方創生を目論むという。 移住を計画している一人が市を視察した。

そこで目にしたのは現実の介護施設の現場。順番待ちの満杯という。健康な時はいいが、

介護の身になったときに・・・本当に移り住んで大丈夫だろうかと疑う。

片や北九州市では投資コスト削減で高齢者の住んでいた空き家をリフォームし、格安再販売

したところ、30~40代の多くの子育て世代が移り住んで来たという。

そうしてその子供達、夫婦と高齢者の交流が始まったという。1人の老人は木のおもちゃ作りを

通して子供と親しくなり、高齢者が子育て支援を手助け、相互に助け合いが生まれ、世代間

交流が増え、好循環を始めたという。老若男女だ。

小生、30年ほど前に聞いたNHKFM放送の「日曜喫茶室」というラジオ番組。

その古い放送内容を想い出した。マスターのはかま満緒が放った言葉を。

「老人ホームというと人里離れた処に作り、隔離するように老人のみを集める。これじゃいけない。

赤ん坊の泣き声が、子供の喧嘩、遊びの歓声が聞こえる中で老人も子供も若者も各世代が

一緒に生活する。これが本来の、昔からの人間社会の営み、生活の姿だ」と。

どうも人間の生活の営みを人為的に大きく操作、変更すると人間の営みは微妙に狂うようだ。

自然環境は微妙なバランスの上に成り立っていると言うが、その自然環境、サイクルを人間が

壊すと将来的に大小の弊害が生まれ、人間にも跳ね返ってくるという。

中国では強制的に1人っ子政策が36年間行われた。過剰人口問題への対策であったが、

その突然の対策、導入で無戸籍の子供などが生まれたが、今後、その政策による男女数を

含め、歪な人口構成が社会に悪影響を与えて来るようだ。

2016年2月14日 (日)

困惑と安堵

チョット閑だ。閑だからどうでもいいことを考え、目にも入る。何か面白いネタは無いかと。

先日のブログの続編。お隣さんの、老婆(ラオポ)の、その後について。

小生もかなりの悪党、意地悪若爺さんに。

先ず、お隣さん。翌朝昼間、早速、今度は小生が訪れた。ピンポ~ン、無反応。 再度、

ピンポ~ン、またも無反応。相当困惑しているのか居留守のようだ。暫くすると、神戸ナンバー

の大きな車が停まった。珍しく息子のようだ。ここ最近、正月も顔を見せない息子のようだ。

しかし、1時間余で帰って行った。心配ないのであろう。 倒れたと言うが、

サイレンの音も、白地に赤十字の車も確認していなが、どうやら病院hospitalには行ったようだ。

ご近所は大事にしなければいけない、特にお隣さんは。何時、その立場が逆転するかもしれ

ないから。その時に先ずお世話に預かるのが隣近所。小生がもしも倒れたら、

今の我が置かれた環境からすれば、冷たくなってこの世から静かに去って行くであろう。

さて、それは兎も角として、お金があれば好きな家を誰もが買い、住む事が出来る。

しかし、お隣さんを選ぶ事は誰も出来ない。ご縁、お互いの巡り合わせだ。

丁度、中国大陸の隣に日本列島があるように。列島の移動、引っ越しはできない。

お隣さんは夫婦仲が良く、二人で良く出掛ける。音楽が趣味のようだ。旦那はケイナ演奏、

奥方はヘルマンハープ演奏、夫は地域の音楽グループに所属し、ボランティアの演奏活動を

しているようだ。戸外の庭に出ると毎日熱心に吹奏楽器の練習をしている。

あるがままに、有り体に申せば上手くはない、とても下手だthink小生からすれば雑音m(_ _)m

何れも直ぐにマスターできる楽器でもある。我がご無礼にお許しを、平に m(_ _)m

ご近所でありながら余りコンタクト、会話はないが。色々小さな不愉快を与えて頂いたが、

この色々あるのがお隣同士だが、どうも会話が弾まない、単調会話。

あの夜、新役員の活動開始は4月から、それまでに未だ時間がありますから暫く様子を

看られては如何ですか、と言っておいたが、その後に高価な愛車carが動いた形跡は全く無い。

さて、縁あって永年お隣同士であるが、いろいろ観察していると、今回の件でより明らかに感じた

ことは、どうも未熟な人達という印象だ。失礼ではあるが、未熟な先輩夫婦という感じである。

1km余隣の団地から引っ越して来たと言うが、その生活振りは裕福だ。永年の観察、行動を

観ているとどうもお坊ちゃま育ちに思えるのだ。とても大切に育てられた長男(?)に観えるのだ。

先日訪れた際、104歳の母親が居ると言っていた。やはりsign03小生はお隣さんより半年ほど

遅れて引っ越して来たが、ほんの一時期、もう一人の老人の容姿を見ている。何処へsign02

との思いだった。種々の事情はあるだろうが、今は老人ホームに託しているのだろう。 そして、

夫婦は自らの生活をエンジョイしているようだ。どうも儒教精神に反した行いをしているようだ。

今のこの苦境を、困惑状況を脱しようと思えば、安易に小生に下駄を預けるのでは無く、

逃避するのでは無く、丸まったアルマジロでも無く、自ら行動し、問題を解決して欲しいもの。

出来ないことは出来ないのであり、ならば役職の変更を新会長にでも相談、懇願すべきと。

しかしである。窓のシャッターを閉め、急に静かになった状況、困った様子を観ていると気の毒

に思え、日頃の元気な様子を見ているから却って可愛そう、愛おしさを・・・ m(_ _)m

お二人に。憔悴しているであろう姿を想像すると。暫くの時が問題を解決するのであろうが・・・。

そして、このお隣りご夫婦の儒教精神に反した実母への扱いと対比するわけではないが、

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対照的に老婆(ラオポ)さんの行いは、その

精神に則った模範行動である。実母では

無く、同居する叔母さんに対し、献身的に

介護している。本当に有り難いことに、

小生はそっちのけでconfident

だから昨日、とても珍しく小生から老婆に

電話した。珍しい電話にビックリしたようだ。

       誰かさんから戴いた義理チョコ

小生が先日、内心で微笑み、面で怒る老婆に取った厳しく、冷たい表面行動をとったから。

開口一番telephone「もう別れよう」と。 そして、即切り返し、「一緒に我が家で昼食restaurantをしよう」と。

最後の晩餐にしよう・・・・・ではない。安堵した様子だ。 pigはかなりの悪党だsign01

電話はお隣さんの事件が少なからぬ影響している、我が心情に。仲良きことは美しき哉heart

同記事は、・・・・・であろう、という過度であるも、確度の高い推察に基づき書いている。

小生の推察が外れていることを願うもの。いや逆だ、100%的中しているのがいいのだ。

隣のご主人の身体の安泰のために、ご夫婦の幸せのために。 そして・・・、出そうか助け船。

尚、このブログ記事は、極秘中の極秘記事。広言はご法度confident

2015年10月29日 (木)

懺悔の学び

大学の一般公開講座を学んでいる時期であるが、催行人員に達しなかった為、閉講と

なった。ならばと本来開講日である日に大学に行き、図書館で本を読むことにして出掛

けていたが、億劫になり、読んでいる本を、文庫本を書店で買い求めた。上巻を。

以降、開講日に合わせて我が家で読んでいる。読み始めると内容が面白いが、1週間

に1回の読書頻度であり、前文内容を忘れて内容がどうも解りにくい。元来が読書習慣

が無いから尚更だ。この講座開講は大学の研究成果を社会に活かす社会還元の一環

として提供されている。小生はその還元事業に浴している一人である。

この大学キャンパスでの帰り際、キャンパスに掲示されている内容に目が留まった。

同大学の「建学の精神」とある。「浄土真宗の精神」であり、「真実を求め、真実に生き、

真実をかにする」とある。

さて、この「浄土真宗の精神」であるが、我が家の仏壇に祀るは阿弥陀如来様。

浄土真宗西本願寺派である。浄土真宗とは法然の弟子の親鸞を開祖としている。

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今までにこの親鸞の教えを学ぶ機会は多かった。仏壇を買ったときには仏壇屋さんから

ビデオを貸し出されたり、教本を戴いたり、最近では近くの公民館での報恩講等と。

しかし、人生逆境期であってもどうも前向きになれず、親鸞に積極的でなかった。

いつまで生を授かるかという今になって、少しづつ学んでみようかと思うもの。

この仏教系大学は建学の精神から仏教講座がとても多い。浄土真宗、親鸞の教えを

中心とした講座が多い。来春からはこの仏教講座を学び始めたいものである。

浄土真宗の、親鸞の教えを学んでみようと。長く俗世に生きた懺悔の学びである。

それに+現在進行形の西国33ヶ所巡礼である。

同キャンパスに良く出没する先輩元同僚、今、彼は親鸞を学んでいると言っていた。

その時小生、懺悔の学びだ、と彼を冷やかした。という小生も同じ穴の狢である。

この多くの仏教講座は我が家から一番遠い大学キャンパスで開講されている。

通学により積極的に社会に、街に、外へ出て行こう。ハプニングを求めて。

「浄土真宗の精神とは、生きとし生けるもの全てを、迷いから悟りへ転換させたいという

阿弥陀仏の誓願に他なりません。迷いとは、自己中心的な見方によって、真実を知らず

に自ら苦しみをつくり出しているあり方です。悟りとは自己中心性を離れ、ありのままの

すがたをありのままに見ることのできる真実の安らぎのあり方です。

阿弥陀仏の願いに照らされ、自らの自己中心性がわにされることにおいて、初めて

自己の思想・観点・価値観等を絶対視する硬直した視点から解放され、広く柔らかな

視野を獲得することができるのです。」とある。 その心は次の5つとある。

平易な言葉で表現されているが、その理解する内容は、教えは深い。

  ・すべてのいのちを大切にする「平等」の心
  ・真実を求め真実に生きる「自立」の心
  ・常にわが身をかえりみる「内省」の心
  ・生かされていることへの「感謝」の心
  ・人類の対話と共存を願う「平和」の心

この建学の精神の文中には、「真実を顕かにする」また、「自らの自己中心性が顕わに

される・・・」と、「」という文字が2箇所に出てくる。「あきらかにする」と「あらわれる」。

この字は、良くないことが公になる、発覚するという意。

小生も長き人生を歩んできた。迷いと苦しみの多い、平坦ではない人生を歩んできた。

自ら望んだ道でも無く、神が定めた道、運命の道を歩んできたのであろうと思ってしまう。

しかし、自ら望んだ人生道ではないが、その中からいろんな見方、考え、思考も出来た。

教えられた。以前にも記したが、これまで歩んできた人生経験、体験から、ご縁等から、

この世には神が存在すると信じる者の一人である。

その神に最も近い聖人の心の教えを、易しくも難しいであろう教えを少しでも学びたい

と思い始めたもの。 が、しかし、この歳では、頭の柔軟さを失っているからなぁ・・・・・weep

2015年8月31日 (月)

時にボ~ッと

1日は24時間。昔の小生の現役当時の平日の平均的な時間割である。

睡眠時間・・・・・・・・・・・・・・・・・6.5時間
朝・夕の食事や入浴などの生活時間・・・・・2.0時間
新聞、テレビ視聴など情報収集時間・・・・・2.5時間
通勤、勤務の会社時間(残業2時間)・・・13.0時間    計24時間

個々人により差はあるが、小生の場合、現役平日の真の自由時間は少ない。

平日の自由時間を作るにはテレビの視聴時間、残業時間などを減らすしかない。

しかし、退職を迎えると、これがある日から突如、この+13時間という大きな自由時間

が転がり込んで、時間的余裕が出来る。睡眠時間を8時間とするとそれ以外は拘束され

ず、残りは自由な時間である。生理、生活時間を含め1日の16時間は自由時間である。

40歳頃から20年後の将来に訪れるこの一日の長~ぃ自由な生活環境に対し、心の

準備しておかないと、この人生の貴重な自由時間は多くの人が持て余すことになる。

会社に居た頃、50歳を過ぎて退職準備の為の研修を会社が実施してくれた。

自由時間が突如大幅に増える、何をするかと。今から考え、準備しなさいよという研修。

20歳から60歳まで現役で働くとこの拘束時間は

40年×210日/年×13時間=109,200時間。

60歳から80歳まで元気に生きるとして自由時間は

20年×365日×16時間=116,800時間。

現役の時間拘束期間と退職後の自由な期間は40年と20年。  しかし、

40年という現役拘束時間を上回る自由な時間が、退職後に20年間生まれる。

但し、単身の身となれば自らの身の回りの雑事をしなければならないから、

この自由な時間は削られる。

このような話は小生、40歳前後に聞いていた。その情報元は毎週日曜日放送の

マスターはかま満緒の日曜喫茶室というFM放送番組。遅くとも40歳までには生涯を

通す趣味を持ちなさいと。興味があり、永続する好きな事を準備し、行動に移しな

さいと。定年後の翌日から直ぐにやろうと思っても出来ませんという。

好きなゴルフや、旅行が趣味と言っても毎日旅行、ゴルフは出来ませんと。

日々1人でも出来る趣味である。中にはこの日が来るのを待ってましたという人もいる。

探求する、没頭する生涯の趣味、目標を持っている人達は。   小生、

40歳からテニスを始めた。それに現役当時からパソコンが趣味。パソコンは多くの

時間を、dollarを貪欲に食べる贅沢虫であり、知的なおもちゃ。のめり込み、振り回され、

時に持て弄ばれる。家の庭木の手入れ、畑の手伝いもした。お袋は草花に精を出す。

その影響を受け、退職後も草花に、家庭菜園に注力する。何れも好きな事だから長続

きする。土いじりが。自分で言うのも烏滸がましいが、小生は器用と思う次第。

60歳から登山を始めた。ブログも始めた。広く浅くの小生、自分の身の回りの雑事も

あり、時間を持て余すことは余りない。しかし、閑中忙でも、時に短い時間ではあるが

ソファーに横臥する。目を閉じて休む。そのまま夢の中へと入ることも・・・・・。

出来れば、河原の土手にでも寝転びながら自然に溶け込み、流れゆく雲をボ~ッと

眺めたいものだ。横臥して眼を閉じると脳が働き、いろいろな考え、思考が巡る。

時に1分も経たないうちに思い出して行動に移すことも。所謂、孤独の時間も時に

必要だ。誰にも邪魔されず、雑念を排し、雑音を遮断し、自分の時間に浸る、籠もる。

但し、慣れないと雑念が邪魔をし、何も浮かばないもの。自然体だ。一種の瞑想、

無念無想の境地である。横たえながらボ~ッとするのだ。いろんなことが脳裏を

過ぎる。ブログを書いて6年目に入った。1人の孤独な時間が持てるからブログも

書ける、邪魔が入らないから。孤独な環境が無いと雑念が邪魔をし、中々書けない。

浮かばない。閑でありながらもボ~ッとする時間、空間を持つことをお勧めする。

しかし、短時間ですよ、15分~30分以内に。永久にボ~ッとしたら駄目ですよ。

誤って美しい花園の中に誘われてもいいですが、必ず戻って来てくださいよconfident

2015年8月23日 (日)

世界陸上と我が陸上

誕生日を終え、更に+1歳加齢、人生の8合目まで登ると我がヒストリーはとても豊富。

だから、どうしても後ろを、辿ってきた道を振り向く機会が多くなる。

今、北京で世界陸上が開かれている。陸上競技、人間の持つ能力、基礎身体能力

の限界を競う世界大会。    より速く、より高く、より遠くへと。

棒高跳びというポール(棒)という道具を用いる一部の競技もあるが、陸上で行う

人間の基礎身体能力を競う競技。水上で競うのは水泳競技、その陸上版である。

人間の持っている能力の限界に挑むから、競技種目によっては過酷な競技となる。

マラソンや10000m、5000m、1500m走などは過酷な競技だ。

身体一つで争うこの競技、技や誤魔化しが効かず、日々の練習成果がそのまま結果

となって現れる。昨夜の男子10000m走、日本人3選手が出場。結果は完敗。

完走選手23人中、トップグループから1、2周回遅れの18、22、23位の惨敗。

出場選手の殆どがアフリカなどの黒人選手。日本人選手は最下位争いで一際目立って

いた。参加することも大事だが、余りにも世界との差が大きい。

日本の選考基準に疑問を感じたもの。まぁ、優勝は無理としても入賞8位~10位を

狙えるような自己最高のタイム記録を持つ選手の選考が必要だ。ここまで大差がつくと

日本選手3人の参加に疑問。世界との差を肌で感じ取るにしても精鋭代表選手1人の

参加で十分では。 長距離はケニヤ、エチオピアなどのアフリカ勢が圧倒的に強い。

高地環境下の練習、厳しい自然の中で育ち、貧しい生活からのハングリー精神が強みだ。

日本の短距離と言えば、当県出身で日本の短距離界のホープである桐生選手が故障で

参加できなかったのが残念。日本を代表する将来性有る若手であるが、筋肉トラブル

で故障中。ガラスの脚を持った選手とならなければいいのだが。持って生まれた先天的

な能力、競走馬では無いが、筋肉の限界に挑むから良く脚に、筋肉に故障を起こすのだ。

さて、これ以降は小生の半世紀前の選手時代の話。小生も高校時代は陸上部の選手。

専門は100、200m、走り幅、リレーが対象種目。しかし、小生、軽量身体故にパッと

散る。短距離では決勝に進めず、精々準決勝止まり。 当時の優勝タイムは11秒0。

ここでもう少し時代を遡り、中学生の時の自慢。当時3町あった郡の中学校体育大会で

優勝している。1年生の時に100m走、走り幅で優勝。2年生の時は大会中止で無し。

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3年生では走り幅に優勝。当時、学校に陸上クラブはなく直前の選手選考記録会を経て

出場決定。練習なしの1発勝負。狭い地域、地方での出来事だが、小生には持って

生まれた基礎能力があったのだ。高校に入ってからは伸びず、梅雨前線で停滞。

軽量の身体、体力面で劣っていたのだ。親父も高校体育大会に一度応援に来た。

その時の感想を覚えている。他の選手に比べ、非力で身体が小さい と言っていた。

しかし、高校3年生の時には、近畿大会に出場。出場種目は団体の継走400m×4。

1人400mを走る。県大会ではこの種目決勝で第1走者で出走、2位でバトンをつなぐ。

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最終結果は4位入賞で近畿大会へ。近畿大会が行われた会場は西京極競技場。

授業中、突如呼び出され、これから大会に向かうと言い、急遽、会場に向かった。

どうやらクラブ顧問のミス判断のようだ。結果は勿論、予選敗退。

だから顧問は出場躊躇sign02 どうも気後れして全力を出し切れなかった記憶がある。

精神面の問題だ。小生、長距離もこなし高校駅伝にも快走runしていた。

また当時、高校では全国的なスポーツテストが行われていた。50m、1500m走、

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ハンドボール投げ、走り幅跳び、

鉄棒懸垂の5種類であったと記憶

している。小生は陸上クラブであり

有利、判定結果は該当者の少ない

ランク2級。  だから小生、

身体の基礎身体能力は平均レベル

を上回るパワーを有していたのだ。

これら証拠付きの、証明書付きの足跡は、我が人生の生きた証の一つなのだ。

以上、我が大昔の小さな自慢話に付き合って戴きありがとう m(_ _)m     

それにしてもだ、いつも世界陸上の放送解説をする中井美穂、同級生の当時の

育美さんにそっくりだなぁconfident

2015年8月22日 (土)

愚の東芝殿様

我が家の家電製品、テレビに冷蔵庫にエアコンに洗濯機に・・・・・と、多くの家庭と

同様、数多くある。そのメ-カ-別シェア-、正確に調べたわけでは無いが、概そ70%

は東芝製だろう。我が家の家電製品は結果として東芝製品をメインに購入している。

購入に際し、楽しく吟味、比較する。2~3社に絞りカタログを片手に機能、性能、価格、

デザイン等を調べる。そうするとどうしても東芝に軍配が上がってしまう。偏見が入って

いるかも知れないが。例えばAV機器等では外部端子の有無、拡張性の有無、機能、

デザイン、価格などで軍配が下る。

処で大々昔の話、小生が中学3年の時だったと記憶している。担任の教諭が「東芝殿様、

日立野武士、松下商人」と言っていたのを覚えている。商売の手法、方策をもじったもの。

殿様商売の東芝、技術に絶対の自信を持ち、販売に余り積極的では無い。

日立はデザインも商法も垢抜けせず、泥臭い。松下はデザインが上手く、宣伝にも長け

商売上手 、と言うもの。東芝は技術に絶対の自信を持つが商売下手。技術開発、

製品開発では常に先頭を行くが、その分、先発故にトラブルも多い。松下は他社の製品

を参考に遅れてその上の製品を開発、得意の宣伝、デザインでアピールし、他社を

凌駕していく。

小生は電気技術者の端くれ、公正な眼で製品評価している。その結果のシェア-である。

この日本を代表する総合電機メーカーの東芝、原子力から発電機等の電力機器、半導体、

パソコン、家電製品等広範囲の製品を扱い、傘下のグループ企業も多い。

その親会社である東芝の歴代社長が粉飾決算、不正会計操作という禁じ手を犯した。

企業決算と言えば会社の営業活動の通信簿、社長の通信簿。会社の業績を上げるため

に、良くするために通信簿を自ら改ざん、指示した。歴代社長遡って。

小生は東芝とは製品以外でも繋がりがある。だから歴代社長名も良く覚えている。

日本の財界の主要ポストを何時も東芝の社長経験者が就任するなぁ、という感想を持って

いた。東芝の社長の多くが東大出身者。学歴を比較して重厚な社長だなぁ、という印象も

持っていた。それと企業経営、統治能力とは必ずしも一致するものではないのだが。

多くの社長が技術畑出身者であろう。その東芝の歴代社長であるが、現在、日本郵政(株)

社長の西室泰三氏、その前職は日本証券取引所の会長。日本商工会議所元会頭の

岡村 正氏と経済界の主要ポストに就任している。次の西田厚聡氏、日経連副会長。

その次の佐々木則夫氏も日経連副会長。この副会長である西田氏が日経連の会長職、

財界総理と言われるポストの布石として出身母体である東芝の企業業績の好決算を

望んでいたという。その圧力が当時社長であった佐々木氏に重圧となり、不正に及んだ

と言うことらしい。この事件で、責任を取り、確執の間柄の西田、佐々木の両氏は副会長

職など全ての公職を辞任。1個人の名誉欲のために、欲望のために東芝はとてつもなく

大きな代償を支払い、名門を汚した。東芝だけでなく多くの日本企業にも世界に疑念を

与えたようだ。大企業トップの経験者が欲に眼が眩んだ権力闘争の仕業、結末である。

小生も元サラリーマン、現役当時、出世欲に固執する輩を散見している。権力ある上部

に行くほどに激しく、汚い人間のエゴが渦巻いているのであろう。

泰然自若、あるがままがいいのだ。実力+運があれば向こうから転がり込んでくる。

小生は現役時、2人の上司の権力闘争の間接余波を受けた経験もある。その波に

上手く乗ればいいのであるがモロにwave受けた。今回、東芝事件の余波も受けた。

が、多くの命を奪った東日本大震災の波に比べれば小さな小さなさざ波だ。

2015年6月17日 (水)

産めよ増やせよ1

今回の本内容は借用情報、流用情報が多くなった。 少子化に纏わる問題。

「他人に迷惑」、墓石残さず 跡継ぎなく家意識薄れる   のWeb情報を得た。

少子高齢化の進展により社会に歪み、縮み現象が墓にまで及んでいる。

その内容を要約。  新しい葬り方が増えていると。他人のお骨と一緒に納めたり、

樹木の下に埋葬したりと様々。少子化で「他人に迷惑をかけまい」と墓石を残さない

人が増え、墓文化が変わり始めた。「跡継ぎがいないので、墓を作っても仕方がない」。

と加藤さんは自分の死後のお骨について、他人のお骨と一緒の合葬墓への納骨を

希望している。墓を新設しても、墓守(はかもり)となる子もいないので合葬墓を選んだ

という。合葬墓は寺院が運営。13回忌または33回忌まで骨つぼを保管後、他のお骨

と合祀する。寺院側は毎日、読経し、永代供養する。2014年度の申込数は10年前

の約6倍に急増。「のびのび眠りたい」。木村さんは樹木葬を希望。県内の寺院に場所

を確保し、NPO法人に死後の手続きを委ねる生前契約も結んだ。お骨を布に包み、

樹木付近に33回忌まで埋葬。夫も子もない敬子さんは「他人に迷惑をかけたくない」。

墓と言えばかつて「○○家之墓」が一般的で、子孫が継いできた。戦前は「家制度」が

存在し、長男が家名や財産、墓を継承。二男や三男の分家も最初の男子が継いだ。

子がないと養子をとるのが自然だった。戦後の「家制度」廃止後もしばらく「家」意識

は強く、墓の継承も重視された。茨城キリスト教大学の森謙二教授は「葬法の変化の

最大の要因は少子化だ」と指摘する。学歴志向による教育費の増加や女性の社会

進出などで合計特殊出生率は1975年から2.0未満が続き、90年代から1.5を

下回る。養子への意識も変わり、統計数理研究所(東京都立川市)の調査で「子が

ないときは他人の子でも養子にもらって家をつがせた方がよい」と答えた成人男女は

1953年に74%で、2013年に20%だった。何が何でも「家」を継ぐという意識は薄

まり、墓守が減少した。戦後教育で育ったいまの70歳代以下の世代には個人主義

も浸透。墓にこだわらない自由な埋葬を好む人が増えた。「個人主義は自立も含む。

他人に迷惑をかけず、自分のことは自分でするよう育てられた人が多い」(森教授)

葬り方に関するネット調査(20~60歳代)をしたところ、「自分の遺骨をお墓に入

れるつもりはない」と答えた人は36.8%。3人に1人は墓にこだわりを持っていない。

家族社会学が専門の千葉大学の米村千代教授は「近年は『家』よりも、自分に近い

人を大事にする意識が強い」と指摘する。従来の墓は要らないが、残された身近な

人に配慮して、お参りが容易な合葬墓や樹木葬を選ぶ人もいる。葬り方の新たな

文化が生まれている。

話は変わって、昨夜のクローズアップ現代。 墓に入る前の課題。

そのパソコン遺(のこ)して死ねますかsign02  ~デジタル時代の新たな“遺品”~

写真や動画などの日常の記録から、株取り引きなどの資産運用まで、生活のあらゆる

場面に浸透するパソコン。写真や日記など、パソコンに遺された膨大な“故人情報”など

の個人の秘密とどう接したらよいか、悩む遺族も多い。パソコンの利用者が、口座名

やパスワード、データをどう処分してほしいかを生前に記す、専用の「エンディングノート」

も登場していると。小生も電脳に多くの情報を、機密情報も含め残す電脳愛好者。

墓問題と残された故人情報」。天上界に行くにも中々大変だ。心の整理が必要だ。

昨日は春のお彼岸から3ヶ月振りに墓参りをしてきた。ある用事があり立ち寄った。

この墓地区画、町の公募で親父が購入。しかし、ある年度以降、町に維持管理費を

納めなくてはならなくなった。この管理費が納められない、墓守が居なくなると墓地

区画は返納しなければならないようだ。無縁墓となる前に合同墓に移されるのであろう。

これらの問題に無縁ではない小生に多くの生存時間的猶予は無い。

終までもあるがままに・・・・・と行きたいが、無責任sign02    やはり終の前に、

これらの整理・整頓・清潔・清掃が必要という事かsign03  

子孫に恵まれ、レギュラーに続く家系であっても精々人間の寿命の90年余も経てば、

90年前の故人は忘却者となる。生前の動画や写真があったにしても現世に生きる者

にとっては生前接触の記憶が無いから故人に対する認識、愛着は薄弱。

*備考)このブログの公開設定について

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  GoogleやYahooなどの検索エンジンに掲載されやすくするために。 が、小生の

  ブログは不特定多数を対象としたものではないから、この公開通知の設定はして

  いない。友人、仲間、知人、身内等の一部の縁のある人を対象としたブログで

  あるから。と、言ってもこれらの検索エンジンにはどうしても引っかかってしまう。