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2015年4月 4日 (土)

花見15時間

園芸クラブのレク行事日、今日は天気に恵まれた。石山寺から瀬田川縁周辺を

歩く。参加者は22~23名。京阪石山寺駅に9:30集合。先ずは石山寺境内を

散策1時間。このお寺、西国33ヶ所の13番札所。小生、持って来た巡礼用品で

お参り、奉納札を納め、蝋燭を灯し、お経を上げる。そして納経帳に御朱印を戴く。

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                                    多宝塔(国宝)

このお寺には何故か線香立てがない。33ヶ所巡りは観音信仰であり、「現世で

犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できる」とされるという。境内は丁度、

桜満開の見ごろ、好タイミング。だから多くの人出。桜以外にもシャクナゲ、つつじ、

モミジなど多くの木々が植わっている。寺を出て瀬田川縁のウォーキングを開始。

暫くして瀬田川南郷で昼食を摂り、引き続きウォーキング。この南郷洗堰は国土

交通省が管轄し、琵琶湖の水資源管理を行っている。ここに勤務していたメンバー

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             月見亭

の一人から洗堰の概要や仕事内容についての説明を受ける。野洲川など河川

管理、山の緑の管理、琵琶湖の環境管理も行っており、調査船も保有、北湖まで

出かけるという。 この「瀬田川ぐるりさんぽ道」は標識も整備され、歩きやすい。

瀬田川縁の桜も満開を迎え、多くの水鳥も川面に浮かんでいる。が、しかし、

川べりには多くのゴミも浮かんでおり、注視していたが見付けた魚は1匹のみ。

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こうして約10km余のウォーキングを終え、京阪唐橋駅で解散。少し疲れたから、

直行で帰ることにする。JR駅で下車し、バス乗り場へ。しかし、バスが1時間余も

無い。仕方なく近くの書店へ。書店入り口で立ち読みしている年配者が居るでは

ないか。後姿からしてどうやら2年先輩と直感。後ろからボディドッキング挨拶。

歩いて帰ろうとなった。時刻は16時、居酒屋はまだ営業前。歩きながら回転寿司

店でも行くかとなった。軽く食事を、麦酒を飲み、喉を潤す。そして悪知恵が働く。

彼に電話せよとなった。その彼、電話に出るもこれから用事があると言い、唐突で

迷惑そうである。これは命令だsign01ということで渋々少し顔を出すとなった。

彼は小生より1歳下。2ヶ月前に拙宅で一緒に飲んだ男。最近、小生を避けている。

小生のブログ記事掲載に抵抗が有るらしい。参集場所は奥方が留守中の先輩宅に

18:00となった。各3人の住居は1.5km圏内にある。寿司店を出て帰る途中に

あるスーパーに2人で立ち寄り、酒肴を調達。そのまま食卓へ。間もなく彼も到着

した。彼もbottleが入ると、調子が出て来た。渋々気分から嬉嬉へと変わり最後まで大

いに楽しんだようだ。先輩が言うに、彼は語学面、インド文化などでは教授クラスで

はないかと評価する。インドの地方と宗教の話をしていたが小生には全く知識がなく

理解できない。中国ならまだしもインドであるから。中国語、英語の他、ヒンズー語も

少し理解できるらしい。彼はインドに通算8年余の在住経験を持つ。 一方の先輩、

彼に続けと語学に力を注ぐ。そして仏教に、親鸞にも没頭しているという。大学での

講義、NHK講座を利用して。口害多き先輩、上記の巡礼の「現世で犯したあらゆる

罪業が消滅し、極楽往生できるとされる」という行いを親鸞の教えに求めているようだ。

この3人、20代初めから同じ職場で働いた仲間。小生から見れば2人は社会の先輩。

こうして夜の宅内花見も終わり、人生の先輩が持て余すパソコンを抱え、帰宅した

時刻は23時を過ぎていましたconfident

2015年4月 3日 (金)

貴婦人機関車

最近、人生かなり遠くへ来たものだから、頓に後ろを振り向き、昔を、過去を見つめる

ことが多くなった。懐かしく思い出す。その昔、小生が小学校へ入った頃、東海道線は、

まだ蒸気機関車が走っていた。お袋の郷へ行く時はこの汽車に乗って2駅目で降りる。

この短い区間には短いトンネルが1つ有る。トンネルに入ると煙の臭いと黒煙が車内

に入ってくる。短い乗車時間であったが力強く動く汽車、乗り物に乗ることは嬉しい

ものであった。そうして、着いた実家では算盤を出せとせがむ。この算盤を裏返しに

して畳の黒い縁をレールに見立てて算盤列車として遊ぶのだ。就学以前の頃である。

この頃だったと思うが、親父と一緒に電車のおもちゃを買いに駅前の玩具店に行った

ことを覚えている。とても嬉しかったのであろう。30~40センチ径の円径レール上

を1両のブリキ電車が動き、走る。当時はぜんまい仕掛けで動いていたのであろう。

創造力豊かにレールを戸外の雪の上に置いても走らせたものだ。楽しかった印象

は記憶に残り一生忘れないもの。小学校に通っていた頃、家から学校までの間

Img_02611_2には東海道線の踏み切りが有る。

よく踏切で待たされる、が、苦には

ならない。通過列車が観られるから。

丁度この頃は電化が始まった頃、

蒸気機関車に電気機関車も走り

だした。そして、この当時に書いた

「踏切安全月間」の作文で賞状を貰って

いる。今も額に入れて飾っている。感謝状となっており、小生の他、全員が戴いたの

であろう。小学校2年生の時である。感謝状には貨物を、客車を牽引する2種類の

電気機関車の写真も印刷されている。小生が8歳の時であり、昭和31年11月10日

となっており、59年前である。

歳と共に童心に戻っていく。小生は列車マニアではないが、何故か突如、突然にある

対象物が無性に欲しくなった。我が家の調度品にしようと。キッカケがあった訳では

ないが、神のお告げであろうか。今年に入り、札幌までのトワイライトエキスプレスが

廃止され、北陸新幹線が営業運転を開始した、と鉄道の話題で一杯だが、これに

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触発されたのか。その求める対象物の前知識は全く無く、サッパリ評価できない。

書店で、ネットで調べ、メーカーを決定。そして早速ネットで注文した。ネット決済し、

配達日時を指定した。即自動受付メールが届き、追って当ストアからの確認の連絡、

及び商品の発送をもって売買契約成立となりますとある。内容を確認出来ましたら

改めて確認メールを差し上げます。となっているが、全く連絡は無い。いい加減だなぁ、

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殿様商売だなぁと思いながら、半信半疑で待つこと一週間。園芸作業をやっていると、

突如、配達指定日の本日、指定時間に門前に宅急便が停まった。半信半疑で待って

いた商品が来た。この会社、腕時計や宝石、貴金属も扱っており、カップや、トロフィ

等の美術工芸品も扱う。この対象物分野の製作ではロールスロイスと言われている

そうだ。届いた本体だけでは調度品としては基礎となる軌道が無く、少し不釣り合い。

追って追加注文しよう。HOゲージ1/80スケールの真鍮製、勿論、走行可能。

しかし、石炭1粒まで何と精緻な出来栄えであろう。   因みに

小生が求めたタイプは、C57形、優美なスタイルから『貴婦人』の愛称で親しまれた。

1937年~1947年の11年間に1次形~4次形へと改良を加え、全部で201輌生産

され、四国を除く全国の線区で走っていたという。それと確か、SL北びわこ号として

県内でも臨時的に今だ蒸気機関車が走っているようだ。一度観に行ってみようかなeye

2015年1月23日 (金)

遠くへ来たもんだ

年賀はがきのお年玉も全て外れた。まだ運がないようだ。届いた枚数からして当たる

確率は低いから当然か。こうして調べていると、今年も震災ファンドの支援先、石巻の

水産物卸事業会社からの賀状があった。復旧段階から未来を創造する復興段階に

入り、東南アジアへの輸出にも挑戦するとある。前を向いて順調に歩きだしたようだ。

そして、魚fish+羊capricornus=鮮 新鮮な魚をお届け とある。

さて、話は大きく転換して、先日の園芸ボランティアでの会合、隣の女性との会話。

隣と言っても皆の会話が弾んで姦しく、その中で小生の聴感も鈍く聞きづらい。

小生と同じような年頃女性。私が嫁いだ先の農家、当時は牛taurusを飼っていたという。

農耕の牛である。そう言えば小生の母親の実家の隣家も牛を飼っていたことを想い

出す。一般の農村の民家と言えば鶏chickも飼っていた。放し飼いで卵を、肉を食した

ものだ。牛さんはユックリ歩く、人さまも合わせてゆっくり歩く。のんびりしたものだ。

当時の一般庶民の乗り物は自転車。自転車で荷車のリヤカーも引いたもの。そう言え

ば人が荷車を牽いていたなぁ。母親の実家まで約15kmの地道、この間を自転車前席

に乗せてもらって行ったものだ。墓場前の夜道も小さな小生であるも、心強かったと父

は申していたconfident 親子3人で行くときは煙を吐く汽車である。トンネルに入ると石炭の

臭いがして煙たかった。当時の家庭では情報入手は真空管ラジオに新聞。しかし、新聞

の記憶は薄い。字が読めないから。NHKの連続ドラマ放送を毎週何時も楽しく聴いたも

のだ。プロ野球実況放送も聞いた。それから小学校高学年になるとテレビが各家庭に

入って来た。我が家にも小生の駄々の奮闘thinkにより14インチの白黒テレビが入って

来た。社宅に住んでいたが、競争するかのようにアンテナが建っていった。それまでは

会社の男子寮に出向き、テレビを観に行っていた。力道山プロレスであり、相撲である。

思えば遠くへ来たもんだ、ではないが、小生、思えば長く生きて来たものだ。

この当時から50年余を経過した現代、世の中の加速度的進歩、変化にはビックリして

しまう。昔はユックリ時間が流れていたが、現代は猛スピードで進んでいる。新聞に

テレビに携帯端末にメールにインターネットにパソコン。今やこの見えない情報空間で

国家間の闘争、戦闘も起きている。テレビ情報も媒体である電波は脇に追いやられ、

媒体は大量情報の光通信網、通信衛星である。この光網にテレビ情報、インターネット、

通話情報が、高品質に搬送される。溢れる情報、その欲しい物も情報も直ぐに手に

入る。だから、現代人は生活に時間が足りないようだ。無視すればいいのだが・・・。

今は時間を貯めることが出来る、録音・録画。自動で録るだけならいいが、後刻、再生

しようと思い録るのであり、その貯めた時間を1日24時間内に放出しなければならない。

交通の移動時間も速く、便利になってはいるが、社会全体が速く進んでいるから時間が

足りない。織田信長が言う人生50年・・・であるが、当時の社会の50年は、現代では

何年に相当するのであろうか。1年未満sign02兎に角、小生が生きてきたこの間の60年

余りの時代変化、社会の変化に驚いてしまう。思えば会社では時間効率の追求だった。

決められた、限られた時間、人数でどれだけアウトプットするか。生産能率に稼働率、

その相乗の総合能率と言う管理目標数値の追及。所謂、時間効率の追求である。

小生のブログのキャッチフレーズ、時間はたっぷり、ゆったりではないが、時に忙しい。

時間が無い。パソコンにはまり、上手く行かない、難解なその対応にも忙しい。小生は

欲張り。ただ、意を決すればのんびり生活も可能ではあるのだが・・・・・。

2015年1月 3日 (土)

齟齬の発覚

新年明けましておめでとうございますsun 本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、小生の話題性の乏しいお正月速報を。少子高齢化の今、今年のお正月も塊世代

の老齢者2人によるお正月。老婆(ラオポ)と2人だけのお正月。その彼女、例年、晦日の

夜遅くこちらに来るも、その途上、いろいろなトラブルに見舞われ、引き起こす。

今年は深夜の移動は控えるように説得。彼女のお節料理が出来上がるのが何故か

何時も晦日夜なのです。いつも何故か納期が間に合わないのです。その結果、

1日早朝、お節料理を持ってこちらに向かう羽目に。お雑煮を一緒に食べようと言うも、

小生、到着遅い雑煮を待ちきれず、自らお雑煮を作り、寂しく1人で食するお正月weep

所謂、初体験の孤独雑煮である。その待ちわびる老婆便、9時頃、こちらに無事到着。

持参した鏡餅を早速飾り、これでお正月の体裁が一応整う。昼食は頭イモの入った

お雑煮を再び食することに相成り候。お雑煮の後は、お神酒bottleを戴き、美味しい酔水を

戴き2人だけのいつもの平穏なお正月を迎える。こちらは1日も2日も3日も快晴である

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20150102_142739 

も、2夜連続の降雪に見舞われる。1日の夕方から雪が降り、翌朝には15センチの

積雪。3日朝には更に10センチほど降雪している。近年にない積雪。2日、14時過ぎ

から、この積雪した路面をひた走り何時もの神社に古い破魔矢を持って初詣。雪でぬか

るんだ参道を歩き、手を洗い清め、神社に参拝祈願。毎年多くの参拝者であるも、今日

は雪の影響で若干少ない人出のようだsign02お神酒を戴き、宝物殿を拝観し、新たな破魔

矢を買い求め、1時間余の雪の初詣を無事終える。

翌3日は寅女の妹を招く。デパ地下で待ち合わせ。二人で昼に食する食料品を吟味し、

3人でささややかなお正月。小生の干支、子男を筆頭に牛女、寅女の干支続き3人で

お正月。苦労、苦難続きの波乱人生は3人共通も、あるがままの小生と持ち前の明る

さの妹、最近元気のない老婆(ラオポ)で話が弾む。老婆は師走の大学病院の検査で

腫瘍で引っ掛かり、意気消沈。来る5日に4回目の精密検査が待っている。 さて、

この談笑中に、意外な情報に直面する。我が家族で起きた事実について小生と妹の

間で認識上に齟齬が生じた。それは20~30年前sign02に起きた家族の病歴についてで

ある。当時、妹は嫁ぎ、小生の家族は両親と3人或いは4人。そのある時、「お袋が

胃がん手術で入院した」と妹が話した。小生、初耳earである。小生と同居していた母親

が胃がん手術をし、親父はその時、主治医にお礼をしたという。母親の胃がん手術入院

は知らない。母親と同居していた小生にそのような記憶は無い。ある年末、母親が病院

で血の塊を洗面器に吐血したことは覚えている。これを見た母親は「癌だsign01」と呟いた

ことも覚えている。移築前の旧の病院病棟での出来事。病院の階段を母親を背負って

2階に上がったことも覚えている。年末年始の休院により小生は、病院の要請により、

隣街の病院に輸血用の血液を貰いに車で走ったことも覚えている。が、しかし、確か、

胃潰瘍であり、癌手術はしていない。どうも話が合わない。既に二人は他界している

から聞くことも出来ない。早速、残っている記録の'82~'95年の14年間の親父の日誌

を調べた。 が、そのような記述は見当たらない。この期間外での発生かsign02一緒に暮

らす小生が母親のがん手術を知らないことは有り得ないのである。どういうことだろう。

小生と妹、二人の脳は至って健康、正常であるのだが・・・。2人が共有する共通認識に

他方が突然異を唱えれば混乱が生じる。2人の間に出来た小さな小さな齟齬であるconfident

2014年12月23日 (火)

赤と縁と述懐

と言うといろいろ連想するものが多い。光の三原色の一つ。信号など注意喚起を促す

色でもある。消防車も血液も。政治的には社会主義、共産主義を連想。中国では目出

度く、縁起がいい色。日本の国旗も白地に。サンタクロースもい服を着ている。

餌が不足する冬季に野鳥が狙う食べ物はい実。千両、万両も南天もい実をつける。

は人の精神を昂ぶらせる効果がある。運命のい糸という言葉も聞く。処でこの世に

神は存在するかsign02小生はこの歳まで生きて来た経験則から、この世に神は存在すると

Img_01681信じる者である。運命のい糸、いつか

結ばれる男と女は、足首を見えない

heartい縄)で結ばれているとされる。

このい糸をつかさどるのは月下老人

(中国語版)という老人で結婚や縁結び

などの神だという。中国以外の日本や

その他の国でもこの類の話が多い。

処で小生の力量では難解な中国語のラジオ講座を聞いているが、昨日からの2日間、

日本の昔話を中国語にした烧炭的富翁=炭焼き長者  の話が題材。

日本の昔話であるが小生、初めて聞く話、それはい糸の話(命中注定)

『長者の家にたいそう器量のよい娘がいた。処が二十歳になっても嫁のもらい手がなく、

長者夫婦はいつも娘の一生の問題に心を悩ませていた。ある日、長者の家にお坊さん

が托鉢にやって来た。長者夫婦はお坊さんに娘の結婚について相談。するとお坊さんは

「山奥に大鍋村と言うところがある。そこには太三と言う炭焼きがいて、お嬢さんはこの男

とご縁があると決まっている。2人の住むところが離れすぎて橋渡しをするものがいなかっ

ただけだ」 そこへ辿るには遠くて険しい道中、お坊さんは1枚のお札を与えました。

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娘はお坊さんから授かったお札と両親からもらった一塊の金を携え、1人大鍋村に旅立ち

ました。こうして娘は願って炭焼きの貧乏暮らしの太三と一緒になりました。娘は携えて

きた一塊の金dollarを太三に渡し、これを町で米と換えて来るように頼みました。太三は半信

半疑、しかし、炭と交換する以上に多くの米と交換できました。太三は、面白いもんだ。

あんな石ころが米と換えられるなんて。あんな石ころおらが炭を焼く処には、あんな石ころ

いくらでもある。そこは金山、2人は財産を築き、長者になりました。』

縁というものは不思議なもの。良縁もあれば悪縁もあり、腐れ縁も。 「縁」、辞書には

①そのようになるめぐりあわせ
②関係をつくるきっかけ
③人と人とのかかわいあい、物事とのかかわりあい
④血縁的、家族的なつながり
⑤原因を助成して結果を生じさせる条件や事情        とある。

処で、この「縁」を更に飛躍させて、無理矢理こじつけて「縁側」という住居の一部がある。

この縁(フチとも読むが)側という解釈、ここからは小生の勝手な拡大解釈、こじ付け説明

である。小生の家には縁側が有る。最近の住宅では少なくなってきた。この縁側、昔は

人との交流の、チョットした会話の場。改まって家に招き入れるほどではないが、チョット

立ち寄り、座って気軽にお茶でも一杯と言った所。この気軽な会話の、情報交換の場

から縁というものも広まるというもの。縁の側(そば、かたわら、わき)である。「は異な

もの味なもの」というが、今から思い返せば人生の1年もの間、小生は縁結びの神に

恵まれていた。互いにい糸で。今から45年前の暫しの時である。しかし、その神の掟

に背いたことから、逆鱗に触れたことから、小生の人生は後に大きく波打ったwavethink

再び、この縁側の話に戻って。この縁側は、和風住宅で座敷の外部に面した側に設ける

板敷の部分。更に建具の外側には濡れ縁もある。この日本住宅の縁側の機能も「縁側

は異なもの味なもの」でもある。

2014年12月11日 (木)

暮酒を求めて

歳の暮ともなるとしばらくは、忘年会と言う名の飲酒機会が増える。今日は入会まだ

2ヶ月目の園芸ボランティアクラブの忘年会。丁度、1年前に発足したまだ新しいクラブ

であり、今年で2回目となる忘年会。あいにくの雨の中をなんのその、酒bottleを求めて

参加した。バスに乗り、電車に乗り、大津市と姉妹都市関係のドイツ、ヴュルツブルク

ハウスのレストラン会場に向かう。このレストラン前の花壇管理も当園芸クラブの守備

範囲である。最寄のJR駅から歩いて30分、この辺りであろう予測の下、会場に辿り

着いた。来る途中、寒い雨の中、なぎさ公園のシバ桜花壇の中に入り、合羽を着た2人

が除草sign02作業をしている。あれっsign01この花壇は我々グループの管轄範囲ではsign02

先輩メンバーに尋ねるとシルバー人材センターの方ではないかという。多くある花壇、

Bounenkai担当管理区分が分れているようだ。

今日の参加者は20数名、園芸メンバー

は圧倒的に女性が多いが、今日の

忘年会参加者は4割が男性。その

メンバーの多くが小生の歳を前後した

メンバーが多くを占めている。多くの

自由時間はあるかも知れないが、

年々身体の自由に制約がかかって

くる歳世代でもある。女性が多く、予算も限られた中でささやかな忘年会である。

多くの方と話す機会は少なかったが、冒頭30分間、挨拶、諸報告、小生のITによる

情報共有の提案等を含め2時間半余で無事終わる。beer少し物足りない。帰り道、

デパートに立ち寄り、夜の肴を買い求め帰途につく。お客の少ないデパート内をぶらり

していると突然有る想いが頭をよぎった。店内には幼児、子供が遊び場で遊んでおり、

多くの子供用品、服飾などを豊富に陳列している。今の子供は恵まれているなぁ、

子供は貴重な宝crownだなぁ と思う今は少子高齢化時代。片や小生達は団塊世代の

人口過多の塊、多子世代。少子化で希少ともなれば子供の存在は更に高くなる。

社会活動の現役の役割を終えようとする多子の塊世代は、今後社会の荷物となって

いく。悲しくもあり、嘆かわしい。病気や衰えによって寝たきり、痴呆ともなれば介護の

世話を受けることになる。要介護高齢者が多くなると少子化で介護する要員が不足

する。介護要員1人が看る患者人数は限られる。だからこの先、医療、介護が立ち

行かなくなる、追い付かないだろうと危惧されている。10~15年先である。

そうなれば悲惨な現状が待ち受ける。が、しかし、自宅で、ボランティア活動で、能動

的、自発的に園芸活動に楽しく取り組めば痴呆とは無縁となるだろう。頭を働かせ、

手を動かす作業の園芸活動はそのような作用効果を持っているから。

たかが草花bud、されど草花tulipなのである。取り組むほどに奥が深い。

処で昨日はテニス日であった。クラブの代表者は下戸、ならばと小生、有志で忘年会

でもやろうとメンバー2~3人に声を掛けた。以前から一度2~3人で飲みに行こうと

言う事もあって、あっと言う間に数人のメンバーが賛同した。多くの人が好む苦い

Img_01671bottleには多くの人が群がる。1人の

同世代のtennisメンバー、3ヶ月余前に

クラブに入会。その入会前のセリフ、

「飲み会はあるのですかsign02」1週間

後、この数人余+αのメンバーと有志

の忘年会である。又、明日、3日後は

2人の忘年会。小生を含め、お酒は

飲むこと以上に会話が、交流が、仲間意識が愉しいのである。朗らかにもなり、気分

も明るくなる互いの情報交換、理解の場。血液循環が良くなると脳も舌の回転も滑ら

かになるから。残り人生、縁のある人々と明るく・元気に・楽しく である。

2014年8月26日 (火)

二昔前のいいお話

徐々に情報媒体が消えていく。フロッピーディスクであり、カセットテープが。だから再生

機器も消えていく。古いCDカセットレコーダーの動作確認をした。貴重なカセットテープ

がまだ沢山あるから。機器は問題なく動き、試聴した20年以上前のテープも問題なく

再生できた。試聴したテープが面白いのでそのまま聞き入ってしまった。1991年11月

24日録音とあるも、23年前であるからメモ書きのインクが白化、ペン筆圧跡から読み

取った。内容は記憶に残っている。23年前のNHKのFM日曜喫茶室(マスター:はかま

満緒)の録音である。約30巻余のテープが有る。毎日曜日必ず聞き、いいと思った

放送内容を収録したもの。小生の人生に、生き方、考え方に大なり小なりの影響を

受けた長期間番組のいい放送である。現在は月の最終日曜日のみ放送中。 

大体20~30年前の収録であり、テープは劣化、破損するから、取りあえずこの1本

をCDにダビングする事にした。番組は105分番組、記録テープ長は90分である。

CDに記録できる長さは最大で80分。10分カットしてダビングした。話の内容は23年

前の話。喫茶店を訪れたお客のゲスト1は当時61歳の女医、佐伯輝子医師。

横浜市寿町の日本三大ドヤ街(大阪のあいりん地区、東京の山谷など)の診療所で診察。

寿町では200m四方に約6,000人が暮らしている。人生に不器用で社会の最底辺

に居るいろんな人達である。仕事を求めて全国から、最近は海外からも集まる。診療

所にある男が来た。家を出て、行政手続き一切なしで20年、電話1本、自宅に掛け

ずに孤独に暮らしてきた。だから戸籍は既に抹消され、この世にいない人物、死亡

扱い。しかし当人は存在。国民健康保険を申請するにも住民票が要る。戸籍が無い

から、死亡扱いだから申請は不可能。友達、同級生に協力、証言してもらおうにも

本人という証拠が示せない。しかしである。この男の戸籍が取れた。それは20年前に

刑務所に入り、この時の写真や指紋によって本人と認定されたのである。

ある日には、38歳の男が訪れた。3年間も散髪をしていないから髪がガビガビでとても

痒い。どこも散髪をしてくれないと言う。佐伯先生、自ら散髪をすることにした。臭くて、

洋服を脱がすとシラミが一杯。殺虫剤で殺処分。すっぽんぽんにしてシャワーを浴び、

下着、服を与え、着替えて元気に帰った。が、この男、再び戻ってきた。脱いだズボン

の中に500円玉が入っている(コインロッカー代)と言う。今まで着ていた古着は袋に

あるも「こんな汚いの苦手」と言っておののく。先程まで自らが着ていた服であるのだが。

これらの人々、多くが青空簡易宿泊所(所謂、野宿)で虫に刺され、劣悪生活している。

全財産は片手に持つ袋、この大した中身でない袋を暴行の上、盗む者がいるという。

ゲスト2は文化人類学者の上田紀行氏。スリランカの悪魔祓いの話。スリランカは

医療は無料であるが、病院でも薬でも治らない患者がいる。悪魔祓いの儀式で患者を

治癒させる。呪術師6人と村人約200人が一緒になって謳い踊り、一晩中悪魔祓いの

祭事を行う。患者の体内に宿る悪魔を呼び、一緒に笑い、交渉する。患者は悪魔と

なって呪術師の問かけに答える。悪魔の素性が解かり、やがて友達になり、悪魔は

患者の身体から出ていく。この儀式によって患者の8割は良くなるという。周りの

200人の村人の支援、親切心も感受しているのであろうと。村人のみんなが言うには

孤独の人には悪魔が宿るという。眼差しが冷たく、人を避け、孤独な人である。この事

から、病は気から、心の病から身体の病に陥ると良く言われる。青春時代は愉しい。

友達一杯、やること一杯あるから。リタイヤするとそれが無くなる。その友達、日本人は

平均1人、欧米人は3人と言う。人によっては配偶者に先立たれ、孤独から堕ちていく。

ある日、よれよれの服装、食事も喉が通らない患者が来た。肌着を、パンツを着替え

させるとその着替えている時、伸び伸びと腕を通し、何か元気が出て来たと言って急に

元気になったという。構ってくれる人、愛してくれる人、愛されている人が居れば孤独感

は無くなり人間、元気になるもの。診察でも聴診器を当て、胸を背中をトントンと触診を

すると寿町の患者は元気になるという。先生の手が暖かいと言う。ここに来る患者は

孤独であり、愛情にも飢えており、滅多とない診察、周りから元気を、親切を受け、愛情

を貰ったと感受し、自然と元気が湧くのであろう。欧米では挨拶に互いに頬を寄せ合い、

握手で触れ合い、確かめ合う。恋人同士も手を繋ぎ気分は最高となり最も心身健康な

状態である。患者の心にワクワク感を与えれば病気は良くなるという。人間が、動物が

持っている自己治癒力で治るものと言う。思い詰めるのではなく、let it be.どうにか

なるさと開き直る、発想の転換も必要。孤立、孤独の人間1人では生きられない。

*:注記  105分放送内容の一部を記した。いいお話内容の趣旨の1/5位は伝えられたかsign02
       この女先生、漫才の大介・花子の花子に似た快活で明るい性格の持ち主。
       23年前の放送内容であるが、一聴に値する。
*:     NHK FM 日曜喫茶室 「医者はエンタテーメント」 1991.11.24放送収録(90分)
*:収録ファイルをアップロードするも失敗中!!

2014年1月27日 (月)

幸せだッ

先日、幸福論・・・世界の難解な名著を読み幸福を考える と言う再放送、お堅い

番組を観た。幸せと言うものを改めて思い、考えたもの。 現代の先進諸国では

「自由」は当たり前であるが、自由を束縛されている時代には自由を手に入れる事

が最大の幸福という時代があった。この日本では当たり前の自由、隣りの大国に

自由はなく、そのまた北側の隣国では恐怖社会が存在している。自由の権利を

獲得するために紛争、内紛をしている国も未だに多い。人間、自由を獲得すると

欲望には限度が無いから、更に高い次元の欲求を求めるようになる。

マズローの欲求段階説がある。日本は平和で自由な社会、経済的にも恵まれ、

この欲求段階説の高次の欲求である自己実現欲求を追及することも可能である。

このような日本社会で、この番組に出席の各分野4人の専門家が考えた

「幸福とは・・・・・」である。

番組で各専門家が示した名著は、

文学専門家は、西鶴の「好色一代男、好色一代女」・・・自由に生きたい

経済専門家は、アダムスミスの「国富論」・・・幸福に働くために

哲学専門家は、ヘーゲルの「精神現象学」・・・人から認められたい

心理学専門家は、フロイトの「精神分析入門」・・・無意識の自分を探れ

この各名著を読み解いて幸福の本質について考えるもの。   小生、

どれ一つ読んだ本はないが。そこから各識者が導いた「幸せとは・・・・・」

作家は、「断念の後の悟り」 (挫折は恐れずに足らず)

経済学者は、「人の痛みが解かること」

哲学者は、「本当を確かめ合う事」

心理学者は、「愛する人の幸せを祈ること」    という。(補足不能)

幸せとは1人では、孤独では得られないものである。人との繋がりの中で幸せを

見付けていくものであると。番組の途中、時折、画面に洋の東西の格言が入る。

以下はその一部である。

・富は海水のようなものだ。多く飲めば飲むほどに渇きを覚える。
・国王であろうと、農民であろうと、自己の家庭で平和を見いだす者が
 最も幸福な人間である。
・幸福というものは、決して一人では味わえないものです。
・人生におけるこの上ない幸福は、自分が愛されているという確信である。
・結婚して幸せになれるかどうかは、まったく時の運である。
・一つの難しい事柄に取り組み、そこに自分全てを注いでいる人は、幸せである。
・最も平安な、そして純粋な喜びの一つは、労働をした後の休息である。

何不自由なく暮らすことのできる平和(呆け)で豊かな日本社会、幸せを掴みとり、

感じる事の出来る環境、条件は一杯に満ちている。 心の持ち方、考え方で

直ぐにでも幸せを感じることが出来る。 我欲を抑え、足るを知れば、多くの人は直ぐ

にでも幸福感は転がり込んでくる。 人生に必要なものは、勇気と想像力。それと、

ほんの少しのお金です とも。 小生、人生で大きな挫折を味わったweep その肥料も

効いたのかsign02小生、今はとてもハッピー、幸せだッsign01 を噛み締めているconfident

2013年7月15日 (月)

遺伝子

最近は大の大人が小さな子供に安易に声を掛ける事も難しくなって来ている。

不審者の疑いが掛けられるから、要注意である。処で、昨日は小学校1年生~

3年生の約30名と2時間ほど戯れてきた。一部の保護者も参加して、小学校の

体育館でキッズスクールが開かれた。ボール遊びやショートテニスなど4種目、

子供の運動である。スタッフは3名であるが、1人の都合が悪くなり、小生にヘル

Dsc01709プのお声が掛かった次第である。

この児童、屈託がなく、素直でも

あり、無軌道でもあり、無邪気でも

ある。性格もいろいろであるから、

指導、統率者も大変である。まだ

10歳未満、彼らはこれから長い

人生を生きていくことになる。

彼等を観ているともう一度、この頃に戻りたい衝動に駆られる。もう一度人生を

やり直せたらなぁとconfident その長い人生、小生は既にその人生の80%を消化した。

ここまで来ると、人生体験すると、いろいろ述懐する、邪推するのである。この世

に神が居るのではないかとsign02どうすることも出来ない見えない力が働いている

のではないかと。偶然の多発ではなくて。我々は3次元の世界に生きているが、

5次元の世界があることが科学的に既に証明されていると言う。次元が異なるか

らお互いに遭遇する事は無いが。小生は神がこの世に存在する事を信じる者で

ある。人生体験から。人の人生は時に神によって支配されていると思うのである。

科学の発達した世の中、小生とは異なる考えの持ち主が多いであろうが。神仏

に手を合わせるから言うのではない。長い人生体験で小生の身の回りで起きた

出来事からの感想である。神のご縁で、と言うが、正に神の力、と言う事が、時に

現実に起きているのではと。突飛な表現であるが、一人一人が持つ固有の生体

 遺伝子のように固有の人生遺伝子と言うものがあるように思ふのである。小生が

勝手に名付けたこの人生遺伝子は神が作ったものであり、我々は全てではなく

とも、時には神の意志によって生かされていると思うのである。神の作った人生

プログラムに基づく人生なのだと悟るのである。故に、抗しきれず、思うようになら

ない人生であるならば、”あるがままに生きよう”と。 さて、一方の生体遺伝子

その人の身体の生から死に至る迄のプログラムが書かれていると言う。最近はコン

ピューター、科学技術の発達によって個々が持っている遺伝子情報の解析、解明

が可能となっている。個々の生命情報が明らかになって来ている。遺伝子配列から

難病治療や将来の病気の予知、予測が可能になって来た。正に神の領域、神聖域

に侵入しようとしている。自分の身体に将来起こるであろう生体変化、未来が見え

ようとしているのである。未来リスクが解かり、結婚にも影響するであろう。良い面

ばかりが有る訳ではなく、解明によって次に生まれて来る世代にも影響を与える等

の深刻な問題、弊害も生じる。畏れ多くも神のみの領域に侵入するのであるから。

体育館で一心に遊ぶまだ無邪気で幼いこれらの児童たちは、各がどのような生体

 遺伝子人生遺伝子情報を持って人生を歩むのであろうかsign02神の領域に踏み込

む人間、未来が今よりも悪くならないようにと危惧するもの。

2012年8月31日 (金)

青老謳歌

『いのち短し 恋せよ少女(おとめ)

朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日は ないものを』notes

これは「ゴンドラの唄」の一番の歌詞である。約100年前の曲という。

ここで言う少女virgoとは、ハイティーン~22、23歳の年頃であろうかsign02

少女(おとめ)の期間はアッという間の短いもの。熱き血潮heart01の一度限りのこの短い

青春期、人生を大いに謳歌せよと言うことかsign02嫁ぐまでの娘盛りの頃合いである。

さて、この成長期の青春期と対峙するのが、衰退期の老年期、青老期である。

丁度、定年後の60歳~ の10年余の期間と定義するものである。この年代にも

この唄の替え歌が合うと思うのである。恋することは出来ないが、残りの人生を

大いに謳歌せよと歌うのである。24時間が自由な時間である。趣味に没頭する

もよし、社会貢献活動もよし、ボランティアもよし、自由気ままに人生を楽しめ、

となる。小生もこの年頃の部類に入っている。2週間余前には、また1つ歳を

重ねた。そして、仕事、昨年から決めていたが、再契約は辞退しように従い、

今日の月末でもって仕事の契約を満了した。仕事からの解放である。仕事に就く

と言うことは、現役の若い世代との交流、刺激もあり、社会が必要としていると言う

自負もあって、仕事に精を出してきた。が、しかし、際限をどこかで区切らなくては

ならないと考えていた。頭の中に「健康短し」があるから。この期に入って来ると

体の健康リスクも年々高くなってくる。健康である今の内に大いに遊ぼう、やりたい

ことをやっておこうという考えである。後悔しないようにsign01自己実現に励みたい。

好きな酔水bottleも美味しく戴こう、最後の冒険行動yachtもしたい、広い野原で小さな

白い球golfを思いっきり飛ばし、自在に操りたい。黄色い球tennisを仲間と交わしたい。

高い山fujiにも登り、達成感と大展望を楽しみたい。庭にきれいな花tulipを咲かせ

たい。束縛されない「自由な時間+健康な心身+少しのお金」が揃って可能である。

昨夜のテレビ放送、糖尿病問題をクローズアップしていたが、健康の有り難さ、

健康な体に生んでくれた有り難さを感じる。ここで言う健康とは、心身、特に体に

何らの制約もなく、思う存分活動、飲食できる体を言う。小生、時折、骨格(腰)に

問題を起こすことがあるが、今のところ大きな支障はない。「いのち短し」、悔いの

ないように生きたいものである。時間を持て余すと1日は長い。今日も短い1日で

あったと感じる日々を過ごしたいものであるconfident