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山登り

2015年11月 7日 (土)

愛宕山再訪

3年半振りに京都の愛宕山に登ってきた。今回は園芸クラブの仲間と。嵯峨嵐山駅に

9時10分集合。着くと主催者の彼1名が既に着。彼に尋ねる、今日の参加者は?名。

4名という。小生、10名前後の参加者と見込んでいたが女性1名を交えた4名、少ない。

どうやら花を愛する者にとっては過酷な登山、年輩者も多く敬遠した人が多いようだ。

今年の瀬田川縁を歩く、ウォーキングには多くの参加者であったのだが・・・・・。

持参した関西の山歩きのガイドブックによると愛宕山は標高924m、登る標高差は

855m。小生、前回登山(2012.5.13)では登山口を通り過ぎ、柚子の里水尾を

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         表参道(お連れ3名)                          黒門

通り過ぎ、裏山道から登った。帰り道は表参道を下ることに。 この表参道の下り道、

この階段を登るのは大変だなぁ、裏山から登って良かったなぁ、という感想を持って

いた。今日はこの厳しい表参道からの階段を、坂を登らなければならない。

JR嵐山駅から少し歩いて市バスの停留場に向かう。市バスに乗り、清滝で下車。

清滝から赤色の渡猿橋を渡り、表参道の登山口へ。人気コースで多くの登山客。

小生、少し軽く、甘く観てトレッキングシューズの出で立ち。3名は登山靴にステッキ姿。

京都に住む主催者の彼は、良く訪れる処であるようでどんどん先を登っていく。

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                          社務所前

その後を小生が登って行く。2人はその後から付いて来る。各のペースで登っていく。

先導する彼は、一定地点で待っている。小生が追いつき、次に2人が追いつく。

全員揃った処で再び登り出す。彼が先頭を、小生が次に、2人が続く。この繰り返しで

ある。境内の入り口となる黒門を過ぎ、約2時間余を費やして愛宕山本殿下の社務所

前に辿り着く。なかなか過酷な道のりであった。登る途中の看板の注意書きにあったが

山頂は平地に比べ10℃ほど気温が低いと。山頂は7~8℃低く感じ、汗が引くととても

寒い。1枚衣類を重ね着。ここから階段を上って本殿にお参り。戻って社務所前で昼食。

と、彼は前掛けをし、簡易昼食の準備を始めた。紙の大皿に缶詰、ウィンナーなどを盛り

付け、ノンアルコールビールを準備してくれた。料理が趣味の1つであるようだ。

身体が冷えてからのビールは少し寒いが美味しい。即席のスープも作ってくれた。

周りでは多くの登山客が食事をしている。参拝を、食事を終えたら下山である。

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            本殿参拝                        JR保津峡駅(橋上駅)

1時頃に下山開始、下山は楽だ。彼の話では、この愛宕山、戦前はロープウェイが敷設

され、観光地であったという。戦時中の鉄類接収で廃軌道になったという。その名残が

少し残っている。登ってきた道を下山、途中、登ってきた清滝方面とある看板を無視して、

先導する彼は正規の下山道を逸れた。方向指示の無い道を進んでいく。階段は無く、

急な自然坂道を下りていく。この道を下山する人は我ら以外に1~2名。ガイドブックに

この登山道は無く、山林管理者等が利用する山道のようだ。下山中、自然に植わる

草木名、これは何?、尋問しながら。草木の種類は少なく、杉木立が多い。

杉木は人手により間伐、枝木を伐採している。2時間余を下り3時に保津峡に下山。

こうして雨にも遭遇せず、無事に愛宕山登山を終る。紅葉時期終盤、紅葉が綺麗。

昨日の午前中のテニスに疲れ、今日の1日登山で更に疲れました。老いを感じまする。

2015年7月 9日 (木)

大雪山登山4+α

北海道5日目:

今日の行程である。早朝の知床半島クルージングの後に中標津空港まで車で移動し、

東京羽田空港に舞い降りて、東京駅に移動、その近傍で姪との夕食、そして新幹線で

深夜頃に自宅に戻る算段。長い移動距離であるも交通システムが整った便利な社会。

日本国土がとても狭く感じる。

さて、旅には色々出会いがある。同宿で昨夜風呂で一緒になった男がそのお相手。

彼はコロンビア人。言語はスペイン語という。テレコミユニケーションの仕事をしている

という。お互い片言の英会話でコミユニケーション。通信会社に勤めているようだ。

オーストラリアから来たという。今月22日にコロンビアに帰国。今はホリディで日本

各地を旅しているという。7時からの朝食時、今日の半島観光船は運行されるという

連絡。朝食後、朝8:15からの半島クルージングに向かうことにする。彼も同様、

クルージングに乗ると言っている。宿の主人に説明すると知らない、彼の分は予約

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    エドワルド・ニーニョさんと(待合室)             乗船場近くにあるゴジラ岩

していないという。直ぐに彼と交渉、そして急遽、予約手続きをした。そして二人で

乗船先に出向いた。歩いて5分と掛からない。前日の欠航もあってお客さんは多い。

しかも、天気は最高の快晴sun お客さんは40名前後は乗船しているであろうか。

セーフティジャケットを着け、彼は小生の横に座る。寒いから1枚衣類を+して乗船する

ようにアドバイスがあったが余分な衣類が無くて少し寒い。出港して数分後、珍しい光景

が起きた。我々が乗るクルージング船を猛追してくるではないか。それはイルカsign03

多くのイルカだ。イルカを追っかけているのではなく、20ノット以上の速度ある船を

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イルカの群れが追っかけて来る。1分余り続いたであろうか。何時でも観られる光景

ではないのだ。乗客は歓声を上げる。船の速度が速く、やがて追うのを諦めたようだ。

半島に間近に接近したり、遠のいたりして操船。定置網を避けて運行しているのだ。

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高い所では岩礁の高さは海面上200mもある。

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半島に近づき、岩礁の形状、特徴のガイドの説明を受ける。

エンジン音で聞こえにくいが。時期、季節によっては海辺にヒグマも観られるという。

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自然が、波の浸食で自然が作った岩礁形状、海面を飛ぶ海鳥、断崖、崖の上に止まる

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海鳥、魚を追って海面上に漂う海鳥と自然の営みがいっぱいだ。波しぶきを受けても

彼はベリーグッドと興奮、満足そうだ。小生も大満足だ。半島の1/2辺りまで行った所

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                               次のクルージングを待つ長い列

でUターンして観光クルージングは終わる。このクルージング船の運航、若い社員4~5

名で運行しているようだ。観光シーズンを終えると漁師でもしているのかなsign02

無事クルージングを終えて宿に戻り、ここから二人は別行動。彼はバスで次なる目的地

に向かうも、クルージングの影響でバスに乗り遅れたという。バスの本数は多くは無い。

小生は宿を9:45出発。知床横断道路の国道334号線を走り、羅臼から中標津空港に

13:30頃には着かなければならない。30分ほど走ると知床自然センターの建物が現れ

た。立ち寄る。早々の休憩と何かいい土産物はないかとeye。20分も経たずして、次は

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        羅臼峠から観る羅臼岳                         国後島(奧遠方)

Img_0638知床峠に着いた。眼前に100名山

の一つである羅臼岳と眼下には

固有領土である大きな国後島が

横たわっている。いい眺めである。

また20分ほど走ると熊の湯温泉着。

手には入浴準備をした人が結構往来

する。ちょっと覗くと、野趣味いっぱい。

Img_0640Img_0639     

      橋を渡った先にある天然熊ノ湯温泉

質素な女湯の建物。この建物の奧が男性用

で露天風呂である。西洋人も入っていた。

そして11:10羅臼港に出た。半島の北側のウトロから東側にある羅臼。漁港に立ち

寄る。ここにも巡視船が1隻停泊。カレイ釣りをしている老人にお声掛け。

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この港からは鮭などの養殖稚魚を放流しているという。ロシアはこのほど北方域での

日本漁船の操業を全面禁漁にしたが、放流した魚は北方域にも泳いでいくのだがと。

Img_0645青空の下、緑いっぱいの中をナビの

誘導に従って運転していく。12:45

予定より早く中標津空港レンタカー店

に到着。今日の走行距離は96km。

この2日間で走った距離の合計は

427km。無事に北海道の登山、旅を

終えた感慨、安堵感が湧いてきた。

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         中標津の広大な平野                      喧噪の東京(6Fより)

今回の道内のドライブ、動物との遭遇は一回。1匹のキタキツネが横断しました。

空港で食事を摂り、予定通り、14:35発の飛行機で羽田に定刻に到着。その旨を

東京で働く姪に刻々メールする。品川で乗り換え、ゆっくりと東京駅へ1時間前に着。

待ち合わせは丸の内南口にあるビルの6階レストラン。18:30から二人で久し振り

の美味しい食事。人生のアドバイスも交えて。小生、生中2杯に、焼酎1杯を注ぐbeer

20:30分の新幹線に乗らなければならないから、20:10分には出ようということに。

精算したレシートの印字は20:10。丸の内のビル6FからエレベーターでB1Fへ。

エレベーターが遅く感じる。小生、東京駅は詳しくない。急いでやっと着いた小さな

無人のJR改札口、EX-ICカードで改札を入るもゲートが開かない。インターホンで

問答。反対側の改札口へ回れという。刻々と時間が過ぎ、小生の時間勘から、慌て

モードにスイッチが入る。得意の韋駄天走りとなった。その改札口でEX-ICカード

をかざすもゲートが開かない、駅員に聞く。SUICAかICOCAと一緒にかざせと駅員

が言う。手荷物を持ち、ザックを背負い、駅構内を韋駄天に走り回る。必死だsign01

兎に角、新幹線文字を目当てに広い駅構内を走るrun これはもう駄目だと諦めかける。

多くのアルコールを飲み、ザックを背負って血圧の高い初老の人が必死に走るのだthink

自嘲の薄笑いが自然に出てしまう。新幹線乗り場は八重洲口方面、丸の内とは反対

側、駅を横断していることになる。1ヶ月前に予約した新幹線bullettrainのエキスプレス予約。

I T機器があれば直前でも列車変更が可能だが、そのような時間は無い。間もなく

乗車時刻だと親切にメールが入っている。乗り遅れればチケットは無効。 間一髪

間に合い、2分後に発車。座った指定席前には「駆け込み乗車はやめましょうsign03」 

こうして23時半過ぎに我が家に無事帰着。登山靴の忘れ物から始まった北海道の旅、

諺に「はじめよければ終わりよし」がある。小生、この諺にとても説得力を感じましたconfident

2015年7月 8日 (水)

大雪山登山3+α

北海道4日目:

昨日は時折雨も降り寒かった。路上の気温表示では10℃で風もあり寒かった。

今日は晴れと曇りで天気が良く変わる。8:00宿を出発。今日向かう目的地は屈斜路湖

に摩周湖。そして今日の宿である知床半島付け根のウトロに行き、船による半島観光。

女満別方面の国道243号線を通り屈斜路湖に向かう予定であったが、ナビによる誘導

に任せて沿岸を走ると、昨日もチョット立ち寄った網走港が見えてきた。

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再び向かうことにした。漁船と共に巡視船ゆうばりが停泊している。小生は海沿いを走る

時には必ず港を訪れることにしている。港から20分ほど走ると小清水原生花園に着いた。

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Img_0535立ち寄る。ハマナス(左:ピンク色)など

の花々が咲いている。ここにも多くの

中国人団体観光客。この辺りは網走

国定公園である。20分ほどでここを

後にして海岸道を離れ391号線を

通り屈斜路湖方面に進路を変える。

復路ではこの道を再び通らなければ

ならない。途中にある小清水町の郵便局でマネーを補充。兎に角、直線道路で車、信号

は少なく両サイドは広々とした農場や森林、緑一杯の中を走るから自然とスピードも出て

しまう。1時間余を走った9:50頃、活火山の硫黄山に到着。無数の噴気孔から噴気が

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上がっている。ゆで卵も直ぐに出来る。生卵を持って行くべし。少し寒かった。

ここは阿寒国立公園。次に向かう先はカルデラ湖の屈斜路湖。10分余で屈斜路湖

砂湯に着。大きな湖だが時期早く、少し寒く湖面に観光客はいない。空もどんよりと

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曇っており、ここには観光船も見当たらず殺風景。屈斜路湖周を走って60分余で

摩周湖展望台に到着。このカルデラ湖に出入りする川は一つも無く、透明度は世界

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Img_0559で2番目とある。摩周湖を観ること

が出来るのは高い位置にあるこの

展望台だけ。多くの団体観光客。

湖の中央部に小島カムイシュ島が

見える。時刻は11:30。 ここで

ウトロの知床半島観光船に電話する。

今日の16:30便の運行予定を聞く。

と、今日は気象条件が悪く欠航という。16:30までにウトロに戻る必要は無くなった。

代わりの行程として知床とは更に離れていく阿寒湖に向かうことにした。摩周湖から

峠を越え、農場の中を縫うように1時間半を費やし、走る。自衛隊群も休憩だ。結構、

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            ロール状の牧草(黒塊)

自衛隊車列と遭遇する。訓練中sign02天気は快晴に。13時過ぎに阿寒湖に着。観光船

が発着し、人も多くここは先の2湖に比べ、賑やかな観光地である。土産物店、旅館、

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アイヌ民族文化エリアがあり、アイヌシアター施設もあるが次の講演時間は夕方だ。

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                           アイヌ文化ゾーン(商業エリア)

多くの手作り、多くの木工、木彫り商品を陳列する土産物店が多く並ぶエリアを覗き見、

散策する。建物及び壁面模様、彫刻、陳列商品などアイヌ文化が薫る阿寒湖の観光街

である。  このアイヌ人sign01小生の初めての出会いは小学生の時、講堂壇上で踊りを

披露、鑑賞した時、もう60年近く前である。

14時前に阿寒湖のアイヌコタンを立つ。珍しくコンビニを見付けた。昼は遅いがここで

軽い食事restaurantを調達。来た道を舞い戻る。峠を越え、草原を走る感覚で真っ直ぐな道を

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               借用愛車                           雄阿寒岳

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ドライブ気分で運転する。こうして3時間余で宿に行く途中のオシンコシンの滝に到着。

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 この滝から、約10分足らずで今日のお宿の民宿に無事到着17:30。

到着するなり、明日の知床半島観光船の予約手続きを頼む。少し割安になるのだ。

しかし、小生の考えていた1時間半のコースと異なる観光船とこの宿はタイアップして

いる。仕方なく朝一番の観光船を予約する。巡るコースは同じだが所要1時間である。

朝食時間の朝7時には運行が判明するという。多分、今の気象条件なら大丈夫だろう。

今日一日、満足満足 scissors  今日の走行距離は293km。

2015年7月 7日 (火)

大雪山登山2+α

北海道3日目:

泊まったホテルにも中国人観光客は多い。何れもが家族総出で来ているようだ。

層雲峡のホテルを8:30前にチェックアウト。出掛ける頃になって雨が降りだした。

Img_0502歩いて5分もかからずにバス停に到着。

行き先はJR石北線上川駅。層雲峡

観光は次なる目的地への移動途中の

観光である。ホテルまでの歩行移動、

ホテルから上川駅へのバス車中から

の観光、観察である。柱状節理の岩、

垂直に切り立った岩肌。大岩のブロック

の塊が多く見られ、自然がいっぱい。この一帯は大雪山国立公園エリア。

さて、今日の主たるは網走への移動である。移動と網走市街周辺の観光である。

旭川行きの8:40発のバスに乗車。お客さんは4~5人。上川駅まで途中の乗降客は

なし。直線道路を走り30分余で上川駅に着。9:42分発女満別行きのジーゼル特急

電車、20分余の遅れと言う。1時間近い待ち時間が発生した。10:05分頃に電車が

来た。お客さんは3割前後の乗車率。単線軌道上の森林の中を走る。トンネルを抜け

ると雨は上がり、晴れ時々曇り。35分で白滝駅着。遠軽駅に11:13着。

沿線の樹木の枝打ちが十分ではなく、時折窓に枝葉が当たる。女満別12:30着で

あるが、目指すは予約してある空港近くのレンタカー店。美幌駅に近くなり、車中から

レンタカー店に電話で連絡、確認。西女満別駅で降りる予定であったが、急遽変更

した。美幌駅で普通に乗り換えというも、その普通電車は2時間後にしか来ない。

終点の女満別で降りるか、この美幌で降りるかsign02どちらがレンタカー店に近いsign02

一か八かのエイヤーで発作的に美幌駅で突如降りてしまった。美幌駅の次が西女満別

駅とあったから。降りたのはいいが空港行きのバスは無く、レンタカー店からは迎えに

行けないという。とりあえず美幌で昼食をと考え、市内を少し散策するも飲食店は見当

たらない。タクシーでレンタカー店に向かうことにする。運転手の話では女満別駅から

が空港に最も近いという。こうしてレンタカー空港店着。手続きを終え、北海道ドライブ

の注意点を聞く。スピードに、一時停止に、動物の飛び出し の3点。 手続きを終えて、

店から歩いて空港へ行き、空港レストランで昼食。レンタカー店を13:50出発。しかし、

レバーを Dにシフトするも車が動かない。virgoに聞くとエンジンが掛かってませんconfident

ハイブリッドカーでは無かったのだ。直線道路が長く、信号も車も少なく、広い広野を

走る。道路環境も良くて知らぬ間に80km/hに速度が上がる。抑えて、抑制、抑えて。

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10分も走ると綺麗な広野が見えてきた。メルヘンの丘。網走に近くなるにつれ、風が

強くなってきた。14時過ぎにオホーツク流氷館に着く。台風並みの寒くて強い風だ。

流氷館の展望台から周囲を見渡す。オホーツクの海、網走刑務所が見える。

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         オホーツクの海                     新館が見える刑務所(後方)

20分余ほど展望を楽しむ。主となる流氷館は工事中で閉館中。

次に向かった先は北方民族博物館。館内を音声ガイドプレヤーを付けて観て回った。

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                              魚の皮やアザラシ等の獣皮で作った衣類

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左から入り、床に開いた穴から上る(エスキモー竪穴住居)

北方民族、世界の北方民族の暮らしを対象にしている。日本ではアイヌ民族が対象。

極寒の中で生きる民族、食べる物、着る物が十分でない。住居もままならない。

知恵を絞り、力を合わせて生きていく。これら北方民族の昔の生活を伺い知ること

ができた。約1時間近く見学後、次に向かった先は網走刑務所。

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近代的な建物に建て替えられている。所内を歩いて回り、受刑者の作った作品を販売

する店に行ったが既に閉店。15:30閉店。この網走刑務所周辺の所外には多くの

住居用建物が建っている。受刑者を含め、24時間の看守、刑務所職員等、多くの

公務員が働いているのだろうと。家族を含めると相当数いるだろう。網走市の経済の

一端を支えているのであろう。そして土産物にも刑務所関連のグッズがとても多い。

Img_0521健さんも一役だ。次に向かう先は今日

のお宿。その向かう先途中に網走駅が

あった。立ち寄る事にした。このJR網走駅

の駅名看板、刑務所と同じ木製で縦書き

に書かれている。網走市民の願いが込め

られているという。多くの受刑者は服役刑

を終えて帰るとき、多くはこの駅から帰って

行く。横しまな行動を起こさず、真っ直ぐに生きて欲しいという願いから縦に書かれて

いるという。さて、こうして17時過ぎにお宿に到着。車まで女性職員が傘を持って来て

くれた。しかし、トランクが開かない。運転席にレバーが見当たらず、トランクには鍵穴

が無い。2人で共に何故とチェック。どうなっているのと。トランク開けてみた。開いた。

無線式キーを持っていると開くのだ。チェックイン手続きを済ますと部屋の鍵を渡され、

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コーヒー券も渡された。それは何と777号室。今日は7月7日の七夕だ。小生、フロント

で叫んだ。ラッキー7が5つだとsign03 しかも部屋を8畳から10畳にしましたという。

なんと好感の持てるホテルだろう。部屋に入っても小さな心配り、気配りが感じられる。

おもてなしがとても行き届いているホテルだ。名前を教えてあげよう「かに本陣友愛荘

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      部屋から観た刑務所(川から奧)                       夜 景

友愛と言う文字が付加されている。食事は個室で喫食である。部屋に入り、窓を開け

た。眼下に刑務所全景が見え、高台に位置している。 今日の走行距離38km。

2015年7月 6日 (月)

大雪山登山1+α

北海道2日目:

幸運に恵まれ今日は快晴。予報通りの快晴となった。朝食はホテルで買った即席麺を

部屋で食し、ホテルを6時過ぎに出る。一緒に出てきた4人のパーティ、年輩女性3人に

中年男性1人。登山コースを聞くと小生と同じく縦走という。一緒に同行してもいいですか

とお伺い。余りいい返事が返ってこない。そこで勘が働いた。1人の女性に彼はガイドさん

ですかと尋ねる。的中sign01同行は無理だと判断。歩いて20分も経たずにロープウェイ駅

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に到着。既に多くの登山客がいるが、6:30発の便には乗れそうである。標高1600m、

5合目の姿見駅に6:40分到着。登山計画書を提出。辺りは多くの残雪景色。暫くは

なだらかな整備された登山道を行く。15分も歩くと右手山肌から白煙を上げ、腐卵臭の

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 臭いもしてきた。なるべく早く登頂、縦走を終えたいと先を急ぐ。登山計画書より速い

ペースで登っている。暫くは毎年訪れるという同歳の人と二人で登っていく。色々会話

をし、情報を仕入れる。そんなに難しくないようだが、縦走する人は少ないようだ。

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            噴 気                       後方に姿見駅

この方は旭岳周りの1周コースである。小生が少し遅れだした。休憩を控え、一定の

リズムで登る事に心がける。天気はいいが左側方からの風の吹き付けが相当強い。

そして例年以上に少し登るのがきつく感じる。小休憩も腰を下ろさず、少し立ち止まって

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は登っていく。上に行くほど瓦礫道だ。出発して1時間20分の8:00に8合目に到達。

小生の胸にはカードケースをぶら下げているが、ポイント毎に登山記録をするために。

8:20、9合目通過。そして8:40に旭岳頂上に辿り着いた。少し苦しかったが、予定

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    遠くの峰に金庫岩が見える(7:55)

より1時間早くの頂上到達である。思ってた以上に案外早く登れた。と言うより、

元々余裕を持った登山計画書を作っておいた。計画より早いと気持ちに余裕が

生まれるから。頂上からの眺めは大きく雄大である。天気も良く視界も良好。

15分ほど頂上に滞在、短い滞在であるが、目標とする縦走路を急ぐ。

思ったより順調であるが、9:40分頃から右足の膝上筋肉が少し痛い。

大事にならぬように無理せず登っていく。

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         金庫岩(山頂手前)               旭岳山頂(8:40)

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                              山頂からのView                   

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                       山頂からのView

9:50間宮分岐点に到着。ここから中岳分岐までは1.0kmと標識にある。

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                      山頂東側斜面の高山植物群(キバナシャクナゲ)

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                               東側斜面雪渓を行く(これから向かう先)

10:10中岳分岐に到着。この辺りは人通りが少ない。小生が向かう方面の人影が

殆ど見えない、急ごう。北鎮岳まで1.5km地点とある。10:30中岳通過。

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     雪渓下山通過9:06(アイゼン無し)                間宮岳(9:50)

北鎮分岐に10:45に到着。ここに来ると少し登山客が多くなった。お花見目的の人達

だ。層雲峡側から上ってくる。予定より2時間早くも着いた。予定では北鎮岳を登攀

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                     中岳分岐付近のお花畑

する予定であったが、両足の膝上痛と新しい靴づれ痛で、とても登る気にならないweep

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                  中岳分岐からお鉢平展望台の間で見える広大な旧火口

多くの時間的余裕があるが、痛くて登る気力が失せた。15分ほど休憩、軽食事を

して11:00に黒岳石室に向け出発。11:30お鉢平展望台に到着。

この広大なカルデラ(火口)、今も硫化水素を噴出し、立ち入り禁止区域である。

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        中岳~北鎮分岐間登山道                 北鎮分岐~お鉢平間登山道

この絶景の大きな噴火口を観ながら食事休憩。このお鉢平展望台には多くの人が

いる。反対側の層雲峡から登って来た人達である。20分ほど休んで黒岳石室に向け

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               北鎮岳を右に観て北鎮分岐~お鉢平間にはお花畑が広がる×4

出発。人通りの多い登山道である。このお鉢平から黒岳石室への登山道両脇には

多くの高山植物が茂っており、層雲峡方面からの登山客も多いようだ。黒岳石室に

予定より2時間早く12:30分に到着。

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         お鉢平(11:30)                        黒岳石室(12:30)

北鎮岳往復所要時間を50分みていたが、省略した為、多くの余裕時間が生まれた

もの。ここまで来ると安心だ。石室で15分休憩し、黒岳に向かう。膝上痛は治まって

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         北鎮岳

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               北鎮岳を右に見て下山、お鉢平~黒岳石室間に広がるお花畑×6

きたが靴づれ痛で両足首上部がとても痛い。苦痛だ。黒岳山頂13:10到着、10分後

に出発して7合目のリフト乗り場へと急ぐ。この道は周りに樹木が生い茂り、高山植物も

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          黒岳頂上(13:10)                        下山道

多い。歩きにくい登山道を下る。黒岳以降の下山道で台湾からの家族と時折会話を

交えて歩く。1ヶ月の予定で2家族が連れ沿って日本を旅しているという。

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                  黒岳~八合目間に咲く高山植物×5

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Img_0497_2ご主人の仕事を伺うと大学教授という。

小生のチョットした中国語の学習タイム。

多くの下山客で賑わっており、人が多く

て安心できる下山道だ。14:10に

7合目のリフト乗り場到着。予定より

2時間早い。脚痛による北鎮岳往復を断念

した為、1時間の余裕が生まれている。

リフト乗り場で無事下山の記帳をする。こうして下界の層雲峡には15:00前に到着。

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       下山リフト(黒岳7合目)               リフトアップしてくる人(15:00前)

目指すホテルはsign02 スマホのGPS地図とコンパスを頼りに15:30ホテル到着。

Img_0501リフト後はロープウェイ(下界は層雲峡温泉)

早速、温泉に入り、疲れを癒やし、

荷物となる登山用具を宅急便で

自宅へ託送する手配をする。

求めた達成感、満足感もあって

夕食はとても美味しく戴きましたbeer confident

靴を脱ぐと左右の足のくるぶし上部

20150706_180510_2の皮膚は靴づれで痛々しく、真っ赤

に変色していましたweep

補足)

1.大雪山と言う山名は無く、大雪山系で

ある。その山系の中の一番高い山が旭岳。

2.旭岳登山計画書.pdf

2015年7月 5日 (日)

大雪山登山+α

北海道初日:

我が家を6:00に発射。早朝一番のバスに乗り込む。大阪空港9:00発の飛行機に乗る

為に。今日は天気が悪く雨。荷物は登山靴の入った手提げ袋1つと背に負う33リットル

容量の新ザックで始発バスに乗り込む。2人かけの席に2つの荷物を横に置き、座る。

JR駅に到着。6:37発の電車をホームで待つ。と、ここで、あれっsign02

手には荷物が無いではないか。ウヮッsign03バスに手荷物を忘れたッ。所謂、老化ボケ病。

またしても大事なときに発症した。電車が7~8分後に来る。即、ホーム階段を駆け上が

り、改札をすり抜け、駅バス停を見回す。しかし、バスは1台も見当たらない。荷物が、

登山靴が無くなった。大事な荷物がweep 気落ちして電車に乗り込む。自己嫌悪の惨め。

即メールで老婆(ラオポ)に連絡。遺失物状況を説明し、バス会社に捜索手配を依頼する。

見つかったところでどうすることも出来ないのだが・・・。電車に乗車後、1時間余経過した

空港行きのバス移動中に忘れ物が見つかったという連絡が入った。

こうして朝一から大トラブルに遭遇、大きくつまずいた。これは登山は止めよという合図、

お達しなのかsign02 こうして8:00に空港到着。手荷物検査場に直行。携帯のQRコードを

かざすと搭乗券が発行された。しかし、手荷物検査で引っかかった。1本のストックが長さ

制限550mmをオーバーし、機内持ち込み不可。暫し時間があるため、朝食を摂るrestaurant

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            雨の羽田空港                 北海道の山並み

曇りの大阪空港9:00発、正味飛行時間40分余で経由地の雨の羽田空港に到着。

羽田空港には初めて降り立った。結構大きな飛行場。80分余の乗り継ぎ時間を経て

旭川空港に予定通り12:50着。天気は曇り時々晴れ。空港到着後、今日の目的地の

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旭山動物園に向かわなければならない。移動交通手段はタクシーcar 旭川空港から

旭山動物園を結ぶ線上にある最寄りのスポーツ店に向かうよう運転手に要望。

登山用品をメインに扱う店に到着。タクシーを待たせ、余分な2足目の靴選び。同時に

登山情報も入手。新しい靴による靴づれ発生を覚悟しなければならない。登山靴shoe

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買い求め、待たせたタクシーに乗り込み、一時話題となった旭山動物園に向かう。

車中で質問、この辺の人口は増えていますかとsign02 減っているという。やはり。

少し時間ロスが発生した。こうして13:50に動物園正面入口に着。車中でいろいろ話し

ていると正面入り口の対面にある東出口で待っています、と運転手が言う。動物園見物

後は東川道草館バス停に移動し、16:14分発の旭岳温泉行きのバスに乗らなければ

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ならない。東口15:40分で待ち合わせとする。小生を降ろすと小生のザックを積んだ

ままタクシーは走り去った。履きならすために新しく買った登山靴に履き替えて2時間

近く、動物園内を回る。 今日は日曜日、園内は多くの家族連れ、子供連れで賑わって

いる。丘陵地に設けられた動物園、他の動物園にはない視点、アイデアで考えたユニーク

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な施設、構造、手作りの仕掛け、その日の新鮮情報を記した手書きの案内板も各所に

掲げられている。アザラシ、ペンギンなどの動きを面白く観察できた。白熊館は待人の列

で敬遠、キリンなども時間が無くパスし、東口に向かう。タクシーに携帯で連絡をとり、迎え

の時間を再確認する。こうして余裕をもってタクシーに早目に乗り、道草館バス停に到着。

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車中は数人の登山客、50分足らずバスに乗り、17:00に旭岳温泉バス停に到着。

降りたバス停前のホテルが今夜の宿であった。早速、明朝の確認交渉をする。

朝食は7:00から。6:00過ぎ出発予定だから代わりに握り飯を要望するも対応不可と

の返事。困った。昼食も握り飯を考えていたがこれも不可。長野の登山では可能であった

のだが。朝飯代わりに間もなく入荷するというパンを代替え品とした。大事な明日の天気、

昨夜の予報では晴れ時々曇りである。

2015年7月 4日 (土)

発射打ち上げ計画

2年ほど前から今年は登ろう、登らなければと思いながらも行動に移せなかった

北海道登山。今年はその卵を割ることにした。新たな達成感、満足感を求めてsign03

年々我が身体の条件が厳しくなっていくから、今夏に発射打ち上げを行うと決心。

事前に登山+旅ルートの3案を考え、1つのルートに絞り込んだ。 ターゲットは、日本

100名山の大雪山登山であり、舞い降りる、舞い上がる飛行場選定がポイントとなる。

先ず行動に移す為、航空チケット、宿の予約を開始。目標とする単独打ち上げ発射の

45日~60日前の予約である。往復の航空チケットが予約確保時点で打ち上げ日が

決定した。その日は7月5日となった。そうして登山計画、旅のルートを検討して4つの

ホテル、民宿を予約した。便利な世の中、全てが机上のパソコンで済ますことが出来る。

ただ、1名の宿泊となると宿泊対象ホテルは少なくなって行く。基本宿泊単位は2名で

あるから。次にレンタカーの予約を完了。丸2日、レンタカーの利用計画である。

こうして旅の行動基本となる予約は一部を残し完了した。そして打ち上げ帰還日1ヶ月

前には東京発の新幹線を予約。新幹線の予約は1ヶ月前からしか受付けない。

航空機も新幹線も予約時において座席指定が可能であり、全て窓側の席を予約。

こうして一応の予約は完了した。そうして発射間近の10日余前になった時点で種々の

登山情報をネットで調べ、入手。調べるほどに問題点が出てきた。登山装備である。

目指す山は北海道で一番高い大雪山2291m。北海道の山は本州の山+1000mで

考えよという。新たに装備を買い求めた。先ずは寒さ対策の衣類のフリース、残雪踏破

の軽アイゼン、手袋、食料品、そして大きめのザックも新たに購入した。

軽アイゼンは適当なものが無くネット通販で注文。そして発射1週間前には我が家の庭

に美しく咲く花の水遣り当番を探さなければならない。時折、ウォーキングの帰りに立ち

寄る元同僚に頼むことにした。1周間前になると大雪山のある地方の天気予報が気に

なり始める。2~3日前になると当日の天気は「晴れ時々曇り」と確度の高い予報が出て

いる。ラッキーだ。登山を強行せよというシグナルのようだ。

ただ、現地の天候次第ではエスケープルートも事前に考慮。自らは未だ若いと何時まで

も思うも、既に初老を過ぎた身、無理はできず、周りに迷惑は掛けられない。

エスケープルートはピストンルートである。天気が良ければ旭岳温泉~大雪山~層雲峡

温泉の縦走ルート、悪ければ旭岳温泉~大雪山~旭岳温泉の往復ルートである。

この場合、下山した旭岳温泉から公共交通機関を利用して層雲峡まで移動である。

ただ、出発日が近づくもどうも出掛ける意欲が高まらない。それは単独登山であり、怪我

等のもしもの不安が頭の中を横切るから。であるから大雪山を無事に登頂通過できれば

旅の大きな山を越えたことになる。

以下は今回の大雪山登山、旅の計画書である。

 *2015大雪山登山+α計画.pdf

2015年5月 8日 (金)

大雪山と興部村

今春は昨年に続き、未踏の地である山形、福島両県の東北旅行の予定であったが、

どうも今一つ気乗りせず、行動に移せず断念した。来年にお預け。    さて、

小生の長い人生、既に人生8合目まで登った、辿り着いた。ここまで登ると下界を、過去

を眺める事がどうしても多くなる。高い位置から絶景かなと眺める。この高さから上方を

眺めると手の届きそうな天界となり、そこはまだ時期尚早、まだ観たくない、行きたくない。

その天界から誘われる前に未だやり残したことが沢山ある。それは2~3年余前から

計画していたがまだ行動に移せていない北海道の一番高い山、大雪山の征服。今年

も幸いにも身体はまだ健康であり、気力もあり、今年決行と決断。早速行動に取りか

かった。例の如くネットで予約である。航空切符、ホテル、レンタカーなどのメインとなる

ものはネット予約である。計画していた旅日程計画が航空切符、入手都合で変わった、

予定より10日余、早くなった。今日は60日前に予約できる往きの航空切符、1日目の

宿泊ホテル、3~5日目に48時間利用するレンタカーの予約をネットで契約完了した。

これで後戻りは出来ない。これら予約、航空会社とタイアップしており、マイル計算に

加算されると言うから、航空会社を通して予約した。残りは2~4泊目のホテルの予約

と復路の航空切符、新幹線の予約である。しかしである。便利であるが、机上の計画

通りの旅が進行したらの話。小生の健康上のトラブル、事故など何かの影響で時間が

狂うと、以降全ての旅程が狂ってしまう。余裕の時間はみていない。ここは日本である、

1まぁ、信頼するとしよう。北海道は14年

ぶりの2回目。前回(←写真は小樽運河)

は主に道南。札幌、小樽、洞爺湖、函館、

青森大間崎、恐山、東北新幹線で東京、

ディズニーランドを老婆(ラオポ)と2人で

回った。会社の勤続30年旅行である。 

処で、3泊目は網走湖で宿泊することにしている。この網走から地図で左上約80kmに

位置する地方が紋別。この紋別に何とか行きたいのだが、時間が無く今回は行けない。

この紋別郡には思い出がある。当時は、紋別郡紋別町興部村字上興部(オコッペ)だ。

市町村合併で住所表示は変わっているかも知れないが。今から約50年前の話。

小生が高校1~2年生の頃のある出来事。夏休みにアルバイトをしていた。親父の紡績

会社で、通う高校のある街の八百屋で。ある物が欲しくてアルバイト。当時の日給は

500円。そして2年後くらいに就職したが、当時の高卒初任給は公務員で17,000円

前後、民間企業で18,000前後である。このアルバイトで貯めたお金でSONYの小さな

トランジスタラジオを買った。8,000円位だったと記憶している。高価だ。周波数表示板

が上下に動くタバコ箱2つ位の大きさのラジオ。しかし、新たなラジオに目移りしてこの

ラジオを雑誌を通して売りに出した。買い主は北海道の上興部に住む男子生徒。小生、

早速小さな小包にして普通郵便で送った。しかしである。待てど代金が送られて来ない。

諦めていた頃、代金が現金書留で送られてきた。送り主は彼の父親からである。

丁重な謝りの手紙が添えられていた。小生も書留便では無く普通郵便で送っている

からその責任の一端は小生にもある。届いていないと言われればそれまで。

そのような事があった昔を地図を観ながら懐かしく想い出しながら旅の計画をしている。

旅はルート、コース選択段階が、オリジナルの旅計画が一番楽しいものである。

東京起点の大雪山登山ツアーも用意されているのだが。小生が既に踏破した各地域

の一番高い山は、日本一高い富士山、九州一高い屋久島の宮の浦岳、中国地方で

一番高い大山、四国一高い石鎚山。そして今回、まだ未踏である北海道の大雪山

である。旅計画の概要は、羽田経由旭川空港→旭山動物園→旭岳温泉→大雪山→

層雲峡温泉→屈斜路湖→網走→知床半島→中標津空港→羽田(東京)→京都ルート

の4泊5日の1人旅である。いつもの事ながらこの夏期には100名山の夏山登山を

楽しんでいるが、毎回の一番の難題、気がかりは夏の菜園・園芸の毎日の水遣り

である。誰か自発的な水遣りボランティアはいないものかと。

2014年7月31日 (木)

木曽駒ヶ岳・空木岳2

3日目:

4時過ぎに起床。5時前のご来光に備える。今朝も快晴である。4時54分、静寂の中、

短くも美しいご来光sunに見入る。山荘前にて。今日も天気が良くラッキー。5時から

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朝食を摂り、登山準備に取り掛かる。今日は空木岳登頂と下山行程。5時45分

、登攀開始。今日の行程は3日間で最も歩行時間が長く、10時間余の行程。疲れも

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             木曽殿山荘                      空木岳

溜り厳しい登山最終日。この空木岳(2864m)頂上に辿り着いて解かった事である

が、西側の山肌は多くの岩石の山、反対の東側は対照的になだらかな優しい山肌で

ある。今日は休む回数を減らし、一定のゆっくりしたリズムを心掛けて登って行くこと

にする。ペースメーカーとして選んだのは7人組パーティ。パーティの一員になった

つもりで付いて行く。途中、いろいろ話をしながら。徐々にこのパーティの正体が解か

って来た。険しい岩石の登山道を、時にクサリを、梯子を用い、滑落しないように登っ

て行く。最大斜度、45°はあろう。このグループは京都の某大学の元ワンダーフォー

ゲル部である。小生より2~3歳年配者のグループ。1人が脚を痛めた為、ユックリ

登っているという。先に行ってくださいと言われるも時に前へ、時に後ろからと付いて

行く。みんなで登ると気も晴れる。こうして2時間余で空木岳(2863m)の頂上に立つ。

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暫し頂上で休憩。快晴で四方八方良い眺めである。360°カメラシャッターを切る。

頂上に立ち、気象条件に恵まれ、視界の効く素晴らしい遠景を見ると疲れも吹っ飛ぶ。

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まだ8時前、雲は無く快晴。何時も11時前後から東側方面からガスが出てくる。

山の天気、午前中は気象条件が良いようだ。早朝発つ利点の一つに納得がいく。

8時過ぎ、グループと共に下山開始。スムーズな下山進行。目標は池山小屋、

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道標には10km先とある。山道となれば5時間は掛かるだろう。この間の残る難所

は小地獄、大地獄のみ。グループに付かず離れず付いて行く。地獄手前で一緒に

昼食休憩。熱い味噌汁を戴く。大小地獄も昨日の難路に比べれば比ではない。

下山で脚に疲労が、ストレスが溜っていく。池山小屋手前で道が分岐している。

もう1組の夫婦が休んでいる。上の道を行きますと言ってお先に失礼。我々は先頭

を行っている。13時20分、池山小屋で暫し休憩。次は菅の台バス停を目指す。

途中、夕立に見舞われる。こうして林道終点の駐車場に出て来た。何sign02追い越され

ていないのに7人グループと1組の夫婦が既に居るではないかsign01 近道sign02

ここで挨拶をして別れる。彼らは車で去り、小生達はここからまだ1時間半余を歩く

ことに。最近クマが出没、注意せよの看板。遭遇する人は1人もいない。

老婆(ラオポ)の歩く姿、まるで行き倒れ寸前の哀れな姿。リュックを代わりに担ぎ

17時前に宿に辿り着く。今回の難行、モノスゴ~ク タイヘ~ン疲れましたconfident

日焼けで痛くも風呂に浸かり、美味しいbeerrestaurantbottleを戴きましたnight

  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas  xmas

4日目:(8月1日)

宿を9時半に出て帰途に就く。宿でこの近辺にいい見所はないですか と尋ねると、

近くのかんてんぱぱガーデンを紹介。アルプス山麓の自然を生かした広大な

ガーデン。レストラン、ショップ、催し物ホール、展示館などがある。地元の食品会社

が運営している。ここでゆっくり楽しんだ後、帰路につく。    さて、

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今回の登山、今までで最も過酷で

リスクある難度の高い縦走登山で

あった。その次が赤岳の縦走登山、

何れも縦走である。力量不足で

あったが、しかし、何れも、幸いにも

全日好天に恵まれたことが無事に

登攀できた一番の理由であろう。

山の天気は変わり易いが、午後

から急変するということも無く、とても幸運であった。しかしである、悪戦苦闘中も、

山荘でも老婆(ラオポ)が、もう来年の登山の話をする。次なるターゲットは「穂高」

という。小生、まだ敵を知らないから「未定」である。

余談であるが、小生の手指の皮膚病、この4日間で劇的に改善した。何故だろうconfident

 *関連ブログ   2012.8.3    赤岳

2014年7月30日 (水)

木曽駒ヶ岳・空木岳1

2日目:

山の朝は早い。早寝早起き。4時には人は動き出し、ユックリ寝てはいられない。

朝食は5時半から。ご来光は4時50分頃。山荘を出てご来光を見に行く。山頂故に

肌寒い。快晴で期待できる。4時54分頃に陽が上がってきた。久し振りのご来光sun

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眩しいオレンジ色の光、周りの雲もオレンジ色に染色し美しい。天狗荘横にて。

朝食を終え、6時20分山荘を出発。今日の行程は駒ヶ岳~空木岳への稜線(尾根)

移動走破。後刻、老婆(ラオポ)が発した言葉「知らぬが仏」。これから過酷で、困難で、

危険な悪戦苦闘の数時間が待ち構えていたのである。小生達の身に。

小生達は未だ登山初歩のレベル、事前に地図、本で下調べをして決行であるが、

今回、事前にネット情報は調べていない。現実の登山道の困窮レベルは情報把握

不足。宝剣山荘を出て極楽平に向かう。最初の難所である。大きな岩石が行く手を

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                            宝剣岳難所を登り、下る

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阻む。クサリ場、ロープ、梯子があり、スリリング。滑落事故が多い処である。

大きな岩を越えるには老婆は小生のお荷物。自力では越えられず手を差し伸べ、

引っ張り上げる。やっとのことで極楽平へ。誰が名付けたか極楽平。地獄のような

難所を通過して辿り着いた処から極楽平かsign02朝まだ早く、快晴で視界は良好sign01

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                      御嶽山 と 富士山 

御嶽山、富士山、甲斐駒ケ岳などアルプスの多くの山々が見えるeye 何度も説明を

受けるも特徴ある山以外の判別が難しい。暫しの息抜き。さて、このような難所、滑落

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                          極楽平にて

危険ある難所が、山荘から宝剣岳、極楽平、濁沢大峰、檜尾岳、熊沢岳まで約8

時間余続くのだ。引くに引けぬ状態。行くも難所、戻るも難所。昼前頃であったろう

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Img_0072か1人の対向者と出会い、親切にアドバイス

してくれた。この先も大変な難所、木曽殿

山荘4時着は無理でしょう、山荘に事前に

電話した方がいいでしょうと言う。頭上には

救難ヘリが何度も舞って来る。遭難者sign02

この縦走、尾根越え道、多くの巨岩を縫って

は乗り越えていく。1人の年配者は檜尾岳

      ↑ チシマギキョウ        から下山を決断、徐々に登山者が減っていく。

小生とは10歳以上若いであろう1組の夫婦のみとなった。追い付いたり追い越したり。

難所に難所続き、だからこの難所岩場の写真を撮る心の余裕がない。15時過ぎ、

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             稜線(尾根)越え                     檜尾岳

山荘に電話を掛けるも繋がらず。1組の夫婦も繋がらないと言う。名前を交換し、

繋がればお互いに連絡しておきましょうと。5回目に無事繋がりお互いの予想到着

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Img_0081     

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          疲れを癒してくれる高山植物群              ↑ キバナシャクナゲ

時刻を告げた。「人の一生は重き荷物を背負いて遠き道を行くが如し」ではないが、

「登山者は重き荷物を背負いて危険難所を行くが如し」の心境である。帰りたいが

帰れない、どこまで来たのであろうかとスマホを取り出しGPSで調べ、もう少しだと

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           熊沢岳

奮起。ドコモの携帯、高山であるが電波状態は良好。ただ、場所によってはGPSの

精度が低下し使えず。熊沢岳を越えると少し難所が減ってきた。同時に高山植物が

増え、癒し効果である。そして低い茂みの登山道を歩いているとガイドをしてくれる

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        バード・ガイド(イワヒバリ)            東川岳(トテモ クタビレマシタ)

chickが現れた。スズメの2~3倍大。3~4m先を1分近く案内後、茂みに消えた。

「ガンバレあと少しだsign01」と。白馬岳登山を思い出した。今回と全く同様、ライチョウ

が案内してくれたことを。そして、その時も今回と同様、山荘近くで案内されたもの。

17時過ぎ、眼下に木曽殿山荘が見え、安堵の気持ち。と同時に眼前には、

明日登る空木岳がそびえる。多くの岩石で覆われ、急峻な形状の

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                  空木岳 と 小さな木曽殿山荘

空木岳、登攀できる自信が失せて来た。予定より2時間遅れの17時20分、最終

登山者が入宿。みんな食事を終えようとしている。17時過ぎに入宿した1組を除き。

小生、手の甲が、特に左手甲が膨れて握り難い。気圧の関係であろうか。夕食後、

山荘の年配女将に聞いてみた。空木岳を登らずに下山する道は無いかと。

「ありませんsign03」気が滅入って来た。しかし、今日のコースに比べれば難度は低いと

言う。大腿筋がパンパンで右足親指の豆も破れた。冷えの悪い缶ビールを飲み、二人

で疲労困憊の夕食である。しかし、満足感、達成感、充実感がこみ上げる。よくぞ

頑張ったものだと。それにしても、老婆の頑張りには恐れ入った。今日の投宿者は

30名余。見るからに熟練山男が多い様に見える。20時消灯、おやすみnight 

*参照ブログ  http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/tozan/?p=5872

*関連ブログ   2010.8.1   白馬岳